「勝つための算段」
ハーブ園に入った俺たちは、まず研究棟へと向かった。
研究棟は二階建ての石造りの建物で、その隣にはハーブを選り集め乾燥させるための小屋が建っている。
小屋の中では随所でハーブが逆さ吊りにされ、壁に据え付けられた棚では瓶詰にされたハーブ酢やハーブ塩などが保管されている。
料理やお茶、ケガや病気の治療へと大役立ちの万能素材らしく、様々な使用方法を模索されているようだ。
「わあ~、すんごい匂いだねえ~」
普通の女子なら「わあいい香り♡」なんて言ってにっこり笑うだろうところを、口をぽか~んと開けてただただ感心している風なのが実にセラだ。
「そんでそんで? 今回はこのハーブがジローの役に立ってくれるの?」
肉原人のセラ的には野菜には興味が無いが、ハーブティーを淹れることからハーブそのものには興味があるというところだろう。
また、俺の役に立つという意味でも興味を持ったのか、方々の物入れや床下収納を開けては「おお~」とそのつど感心したような声を上げている。
「か、枯れたハーブがオバケみたいに見えますうぅぅぅっ!?」
一方相方のティアは、セラにしがみつくようにして悲鳴を上げている。
乾燥したハーブをオバケと勘違いしたりとかでビビりすぎだが、その辺は環境劣悪な修道院で育ったせいもあるので致し方なしといったところか。
「ハーブによる治療や食事療法なんてのは修道院の専売特許みたいなとこあるからな、おまえらも覚えておけよ」
「は~い」
「は、はい!」
修道院は古くから、巡礼者や貧しき者、病や怪我を負った者の家でもあった。
当時の医学の最先端であり、実際に多くの人の命を救ってきたのは間違いない。
そしてハーブは、紛れもなくその根幹を成していて――と。
そんな話をしている俺に声をかけてくる人がいた。
「あんたがジローさんかい?」
振り返ってみると、そこにいたのはチカさんだ。
チカさんは六十がらみのお婆ちゃんで、神学院ではグランドシスターの次のご年配。
笑うと目が線になる優し気な雰囲気の方で、子供たちもほっとしたような雰囲気を醸し出している。
「ウチのハーブをいつも料理で使ってくださり、感謝していますよ」
「いえいえ、チカさん。質の良いハーブを提供してくださり、こちらも助かってます」
適当にあいさつを交わすと、俺はさっそく本題を切り出した。
マシューとの決闘を控えていること。
勝つには料理の味の優劣だけでなく、『宗教的な正しさ』が必要になってくること。
「俺のいた世界での話ですけど……。昔、パコミウスっていう偉い修道士が言ってたんですって。『神が最も近くにいる場所は、修道院ではなく菜園である』って。神の恵みである食物が実り、労働と厳かな祈りがある。その薬効によって多くの貧しい人や病人のためになる薬草畑は、そういう意味では最も神に近い場所になるじゃないですか」
「……だからこそ、ハーブを使うことが『宗教的な正しさ』に繋がると?」
「もちろんそれだけじゃないんですけどね……」
こてり不思議そうに首を傾げるチカさんに、俺は話して聞かせた。
マシューに勝つための方策を、狙いを。
どうしてそういう考えに思い至ったかを。
「向こうが、マシューが考えていることは読めます。どんな思想で料理をしているかも。それを真っ向から叩き潰したいんです」
料理番をクビになった俺が不貞腐れている間にセラが、ティアがしてくれたこと。
彼女らの思いに応えるためにも、生半可な勝ち方ではいけない。
相手の土俵に立った上で、なおも文句ないぐらいのスカ勝ちをして見せないと。
俺が闘志の炎を燃え立たせる後ろで、セラが「がんばるぞー」とばかりに拳を突き上げた。
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