「ラップ効果と隠し塩」
さて、炎天下の中トウモロコシの収穫を終えた、その日の夕方。
俺とセラ、ティアとオスカーにマックスまで含めた料理番ズ五人と、料理担当たるA班総勢二十五名は夕食の準備に追われていた。
いつもぎゃあぎゃあと元気な子供たちだが、今日はあまり調子が良くなかった。
問題は疲労と、何より空腹のせいだ。
──うう……腹……腹が減った……。
──お昼あれっぽっちじゃ足りないよね……。
──じ、ジローさんのデザートを食べるまでは死ねない……。
神学院では朝昼晩の三食出るが、昼は比較的軽食となっている。
品目はパンにスープ、サラダといったところで、肉や魚の類は一切出ない。
あまりお腹いっぱいにしすぎると授業中に寝てしまうからという配慮らしいが、そのせいで子供たちはゾンビみたいな顔で苦しんでいる。
「……ま、あれだけの重労働をこなした後に昼の軽食のみじゃ物足りねえか。無理もねえな」
かく言う俺も、他人のことは言えない。
朝から働き通しのせいで腹の虫が治まらず、今まさに子供たちのそれと大合唱を繰り返しているところだ。
「うう……食べたい……早く食べたいぃ……」
食いしん坊代表のセラは、黄色い粒の並んだトウモロコシの身を眺めては、口の端からよだれを垂らしている。
じゅるり、じゅるじゅる。
今すぐにでも噛ぶりつきそうな勢いだ。
「ねえジロー。生、生でいいから食べていい?」
「そうですそう、こんなの生でも美味しいですから」
「ダメだ、生はダメだ」
生で齧りつこうとするセラとティアを、俺は慌てて止めた。
朝採れ新鮮。
元いた世界の、例えばフルーツコーンのような品種なら生食も出来るが、さすがにこちらの世界のトウモロコシはそこまで品種改良がされていない。
粒自体が固いし消化も悪いので、ひと粒ふた粒ならともかく大量に摂取すれば腹を壊すこともあるだろう。
一料理人として、こんな幼気な子供たちをそんな目にはあわせられない。
「ああ……ジローが……ジローが二重に見えるぅぅ……」
「うう、隊長ぉ……。わたしはもうダメですう……ガクリ」
んー……。
セラとティアの最年少コンビが抱き合うようにして苦しんでいる様を見て、俺は思わず呻いた。
みんな、食糧生産プラス料理担当という辛い役回りを頑張ってくれているわけだからな。
多少は美味しい目にあってもいいだろう。
だが、やっぱり生はダメだ。
「……ちっ、しゃあねえな。他の班のやつらには内緒だぞ?」
口の前で人差し指を一本立てると、俺は手近にあったトウモロコシを皮付きのまま沸騰した鍋の中に投げ入れた。
「ひとり一本だけだからな」
俺がゴーサインを出すと、子供たちは互いに顔を見合わせた後、我先にとトウモロコシを掴んで投げ入れ始めた。
「いいの? いいの? ホントにいいの?」
喜び半分、恐れ半分といったところか。
他の班の子供たちが食べられないのに自分たちだけがいいのかと、セラが心配そうに聞いて来る。
「ああ、今日のおまえらの頑張りに免じて、特別だ」
「ホント? やったー!」
セラはぱああっと表情を輝かせると、一番でかい一本を厳選して投げ入れた。
「ようーっし、全員入れたな? じゃあ俺がいいというまで少し待て。あ、その間にザルと、各自塩を用意しておくように」
早くトウモロコシが食べたい一心の子供たちは、俺の指示に素直に従い用意を始めた。
「わくわく♡ わくわく♡」
トウモロコシの茹で上がりをわくわく顔で待つセラの隣で、ティアが不思議そうな声を出した。
「皮付きのまま茹でるんですね。ちょっと意外です」
「ああまあ、そうかもな」
茹で上がりのアツアツ状態で剥くのを避ける意味でも、一般のご家庭では皮を剥いて茹でるのが普通だろう。
「この皮はちょうど実の全体をすっぽり覆うように出来ててな。おかげでラップのような効果が……ああ、ラップはわかんねえか。ええとだな、水分を逃さないようにしてくれるから、その分甘味や栄養分を失わずに食べることが出来るんだ」
「わあ、すごいですね。そんなことまで考えてるんですね」
俺の答えを聞いたティアが、感心しきりといった顔でうなずく。
すっかり懐いてくれているようで、その目には俺への強い信頼感が満ちている。
「ふっふーん。ジローは『きゅーきょくの料理番』だからね」
身内からとはいえ、俺が褒められて嬉しいのだろう。
セラが無い胸を反らして得意がる。
そうこうするうちに、ほかほか茹で上がりの時間となった。
お湯から引き揚げたトウモロコシの皮を四苦八苦して剥くと、中から出て来たのは黄色味の濃いスイートコーン。
「ようーっし、あとは塩を振りかけて完成だ。といってもあんまかけすぎるなよー。ほどほどの方が甘味が引き立つからなー」
俺のゴーサインを聞いた子供たちは素直に塩を振りかけ、そしてその実に一斉にかぶりついた。
「「「「「うっま……っ!!!?」」」」」
一斉に声を上げると、そのまま先を争うように食べ始めた。
──ふがっ、むぐっ、うまっ。
──熱っ、熱いけど美味いから止まらない熱いっ。
──何これ甘いぃぃぃっ?
悲鳴じみた歓声がそこここで上がり、それまで空腹で苦しんでいたみんなの顔に精気が戻った。
「美味いか。よかったなあ……では俺もひと口、と」
トウモロコシにかぶりつきひと噛み、ふた噛み。
実を歯で破くと、中からじゅわりと甘い汁が溢れ出てきた。
「ん。いいスイートコーンだ」
元いた世界で品種改良を重ねに重ねたものとはさすがに比較にならないが、この文明レベルなら十分だろう。
塩を振ったことで甘みも引き立ち、(『隠し塩』なんて呼ばれる手法だ)最高の味わいになっている。
「美味しい~、美味しいよジロおぉぉぉ~。セラのお腹が喜んでるよおぉぉぉ~」
これにはセラ氏もご満悦で、とろけそうな笑顔を浮かべて喜んでいる。
「……でも隊長。これだけでも最高に美味しいのに、もっと美味しいデザートなんて出来るんでしょうか? そんな幸福、許されるんでしょうか?」
美味しすぎて逆に不安、ぐらいの表情になるティア。
「できるよっ。ジローは『しこーの料理番』なんだからっ」
「べ、別にジローさんを疑ってるわけじゃないんですけど……」
セラが全力で太鼓判を押してくれるが、ティアはまだ不安な様子。
俺への信頼感の問題ではなく、単純にティアの人生観の問題だろう。
十歳という年齢にもかかわらず今までいろんな人に裏切られてきたようだから、いつまでも幸福が続くわけがないと思っているのだ。
なんて不憫なやつ。
そして俺は、この世にそういう子供がいるのが許せない性質なんだ。
「任せとけ、ティア」
俺はどんと胸を叩くと、ティアを安心させるよう笑いかけた。
「なんせトウモロコシは普通じゃないんだ。俺の世界じゃ神様の食物って呼ばれてたぐらいなんだぞ」
「神様の……食物……?」
不思議そうな顔をするティアに、俺は説明を始めた。
トウモロコシという植物は、まず原種がハッキリしない。
『テオシント』というイネ科の植物がそれに近いと言われちゃあいるが、見た目も性質も似ても似つかない。
そしてさらに、トウモロコシは植物として不完全なのだ。
普通の植物がわざと種が落ちやすいようにして種の繁栄を意図しているのに対して、トウモロコシの種=実は、皮を剥かないと顔を出さない。
一方、育てる分には抜群に育てやすく、繁殖力も旺盛。
これではまるで『誰かが人間のために設計した植物』のようではないかというところから、宇宙人がもたらした植物であるとか、神様の恵みではないか、なんて考えられている。
マヤ文明じゃ『人間はトウモロコシから産まれた』なんて伝説すら残っているぐらい。
「ほへー……?」
「トウモロコシから人が……?」
セラとティアはもちろん、周りの子供たちも不思議そうな顔をして聞いている。
オカルト雑誌並みのトンデモ仮説ではあるんだが、実際それぐらいの不思議ちゃんではあるんだ。
「ま、それはさすがに眉唾だとしてもな。トウモロコシが使いやすい食材だってのはたしかだ。加工もしやすく付け合わせにメインになんでもござれの万能ぶり。古くから世界各地で食われ、研究され、その分多くの知識が集積され、技術として磨かれた。だからこそ、だ」
俺は強く断言した。
「俺ならおまえらに、一番美味いデザートを食わせてやれるってことなんだ」
今回はトウモロコシ尽くしでございます(*´ω`*)
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