「トウモロコシ畑でつかまえて」
全寮制の宗教学校である聖マウグストゥス神学院の目的は、全国から集めた生徒に一年間の教育を施し、それぞれの現場で即座にリーダーシップを発揮できるような人材に育て上げることだ。
中でも優秀な生徒は指導官として一年目以降も残って後輩の育成に専念することになり、その中の一握りが指導教官となって宗教指導者としてのさらなる高みを目指すことになる。
もちろん俺とセラみたいな落ちこぼれはそんなのには縁遠い存在なわけだが、教育自体は同レベルのものを受けている。
授業科目は神学・語学・数学・地理や歴史や生物などの基礎教育と、科学や医学などの高等教育。
それ以外の時間では料理や地域奉仕、治療に自衛、食糧や燃料生産など多岐に渡る。
当然だが、けっこう忙しい。
授業の予習復習、地域奉仕では時に面倒な住民との交渉を行わなければならないし、治療と自衛は普通に難しく危険性がある。料理に関しては俺が効率的に指導しているにしても、朝早いし夜遅いので辛いは辛い。
だけど、中でも一番大変なのは食糧生産だろう。
四季を通して移り行くカルナック平野の大自然の中で、人数分の腹を満たす食糧を生産しなければならない。
野菜や穀物を育てる他に養蜂や畜産も行わねばならず、しかも主な労働力が大人ではなく子供なのだ。
ティアを最年少、俺を最年長とした平均年齢十四、五歳ぐらいの子供たちが泥や草汁まみれになりながらクワを振るい、蜜蜂や家畜を飼う。
現代日本の感覚で言うなら明らかに幼児虐待。
もちろんこっちの世界の子供が働くなんてのは当たり前のことなんだろうが……。
初夏の訪れと共に一気に暑さを増す中。
うだるような炎天下にトウモロコシの収穫をしている子供たちを心配した俺は、井戸水に蜂蜜のレモン漬けを入れたやつをテーブルの上に並べた。
「おおーいおまえら、あんまり根を詰めすぎるなよー! きちんと休憩して、水分もたくさんとるんだぞー!」
冷たい飲み物があることに喜んだ子供たちは「わー!」とか「助かったー!」と言いながらわいのわいのとやって来る。
ひとりひとりコップに口をつけてはレモンの酸味と蜂蜜の優しい甘味に歓声を上げ、笑顔を浮かべる。
女の子たちはぺちゃくちゃと喋ってしばらく休むのだが、男どもは刈り取ったトウモロコシの本数を競っているのだとかで、我先にと作業へ戻って行く。
「まあどいつもこいつも元気なこって……」
子供たちの底知れぬパワーに、俺は呆れ半分でため息をついた。
夏服に衣替えした修道服は亜麻製で、半袖薄手。
通気性が良くて夏にはぴったりだが、それでもそもそもの暑さはからは逃れられない。
エアコンもなくて、扇風機もなくて、太陽はじりじりと容赦なく照り付けてて……でも、こいつらは文句も言わず、元気にその日を生きている。
「……ま、ぜいたく品に慣れすぎた現代人の悲しい性ってとこかね」
つぶやく俺の方に、何やら騒がしい奴がやって来た。
「うおー、うおー、オーガのセラだぞーっ! お腹が減ったからジローを食べちゃうぞー!」
珍しくキャラ変したセラ氏が(いつもは狼娘だ)、収穫したばかりのトウモロコシ二本を頭上に掲げてのっしのっしと歩いて来る。
人を食べるとされる伝説の鬼、オーガ。しかし見た目がセラで、しかもピカピカと満面の笑顔を浮かべているので怖くないことこの上ない。
「お、おおおおオーガのティアですっ。た、たたた食べるよりは食べられるほうだと思うのでよろしくお願いしますっ。ど、どうか痛くしないで……っ」
セラの後ろにはティアもいて、おそらくはセラの真似をさせられているのだろうが、顔を真っ赤にして照れているのでやっぱり怖くない。というか人間に喰われるオーガとはなんだ。
「ああー、はいはい。オーガのセラさんとティアさんね、収穫したトウモロコシはこっちの籠に入れてな。その後しっかり手を洗って水分を補給してな」
「びっくりするほど塩たいおーだっ!?」
があん、とばかりにショックを受けたセラは、ぎゃんぎゃんと俺にかみついて来る。
「もっとかまってっ! もっとかまってっ! これはけんたいきだよっ! ふーふのききだよジローっ!」
「あのなあ、こっちはおまえにばかり構ってられねえの。炎天下の下で熱中症の心配はもちろん、子供たちが刃物を使って仕事してるのを見張ってやらなきゃならねえの」
別に俺は指導官でも指導教官でもないけれど、刃物を扱う子供たちの様子を見てやんなきゃなと思うぐらいには大人のつもりだ。
俺に構ってもらえなくて寂しいのはわかるが、それはそれで割り切って欲しい。
「むううううー……っ」
俺の言い分を理解したのだろう、セラは悔し気に唸ると……。
「……じゃあ、終わったら一緒に遊んでくれる?」
俺の横腹をトウモロコシの先でツンツンつつきながら、上目遣いで聞いて来た。
口をむにゃむにゃ動かして、いかにもしょんぼりした感じの表情で、見てるとなんだか悪いことをしたような気分になって来る。
「んー……」
俺は呻いた。
そういやたしかに、最近こいつと遊んでやってなかったな。
日常の軽口や業務上のやり取り、うるさいほどのスキンシップはともかくとして、面と向かって遊んでやった記憶はほとんどない。
「んんー……」
最近成長してきたとはいえ、それでもこいつは十一歳。遊びたい盛りの子供だもんな。
例の世迷い言はどうあれ、こいつにとって俺はザントから来た唯一の身内なわけだし。
他の誰よりも一緒に遊びたい気持ちがあるんだろう。
「これが終わった後ならまあ……少しぐらいならいいけどな」
しかたねえかと思って了承すると、セラはぱああっと表情を輝かせた。
「ホントっ!? じゃあすぐ終わらせるからね!? 約束だからね!?」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを露わにすると。
「じゃあ何してあそぼっかなー!? 何がいいかなー!? ……あ! おままごと! おままごとがいい! えっとねえっとね、だいめーは『異世界てんせーした夫のジローと新妻セラが、いちゃいちゃスローライフで世界を救う』!」
おかーさん発なのだろうその発言のどこにどうやってツッコんだらいいのか悩んでいるうちに、セラがもう決まったことであるかのように駆け出した。
「あ、おい待てっ。俺がおままごととかおい……っ!」
俺の制止も無視、全力で子供たちのところに駆けて行くと。
「ってことでいくぞー! 四十秒で終わらせるぞおまえたちー!」
「うお、めんどくせーのが来た」
「四十秒とか無理に決まってんだろ」
「騒ぐ前におまえが働け」
「ほほう……ゆーしょーしゃとセラにはジローが特別おいしーデザートを作ってくれると言っても?」
「「「!!!!!?」」」
大騒ぎしながら飛び込んで来たセラをブーイングで迎えた子供たちは、しかしセラが突如ぶっこんだ賞品に目を輝かせた。
「ジローさんの!?」
「特別美味しいデザートだと!?」
「なんでセラまでという疑念は拭えないが、それは乗るしかない!」
マックスが砂糖を投棄した事件の影響で最近甘いものを食べていなかった子供たち(グランドシスターの命令で、砂糖には使用制限がかかっている)は、争うようにトウモロコシを刈り取っていく。
セラやティアたち刃物を使わせられない年少組は(危ないので)、そのトウモロコシをテキパキと籠に回収して行く。
みんなが我先にと収穫したトウモロコシは、瞬く間に籠にいっぱいになった。
「ゆーしょーしゃはセラ! あとテオドールの二十一本! あとあとおまけにティアもじゅんゆーしょーとかそうゆー感じ!」
おい勝手なこと言うなとか、おまえは別に優勝してねえだろとか、ティアにだけ甘すぎるだろと思ったが、子供たちが甘いものに飢えているのはたしかだ。
収穫作業で疲れているというのもあるだろうし、ここはいっちょ乗ってやるか。
みんなを集めると、俺は大きくパンと手を打った。
「はいみんな、お疲れさん。全部が全部セラの言い出したことで、まったく俺は作ってやるとは言ってないんだがあ~……」
いったん話を区切ると、セラは「ふひゅ、ふひい~♪」と下手な口笛。
他の子供たちは「「「こいつ騙しやがったな……!?」」」という目でセラをにらみつけていたが。
「だからといって、バッサリ断るのもなんだしな。炎天下の中でのおまえらの頑張りに免じて、甘いものを作ってやろう」
労働には対価が、頑張りには感謝と称賛が必要だろう。
苦笑いしながらの俺の言葉に、子供たちはほっと安心といった表情。
「誰のが特別だとかいう差はつけないが、安心しろ」
収穫されたばかりのトウモロコシを掴み上げると、俺は告げた。
「これから作ってやるのは、『神様のデザートだ』」
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