「オスカーと秘密の手紙②」
~~~オスカー視点~~~
夜半、消灯直前。
オスカーは自分の机に向かって書き物をしていた。
同室のジローはすでに二段ベッドの上で高いびきをかいているので起きて来る心配はないが、万が一を考えて照明は抑えめに。ペンの音すら聞こえないように、こそこそと記していた。
あて先は首都リディア、燦然と輝く王城に住まうレティシア姫に向けて。
いつも通りのスパイ活動だ。
「ちっ……なんなのだ、あの男……っ」
今日も今日とて、オスカーは毒づいていた。
理由はやはり、ジローの行動を悪く書けないことだった。
『セラという少女との関係は、道義に反するものではなかった。親に捨てられた子を慈しむ、父性から発生したものであった』
『マックスという少年を生徒たちの面前で罰したが、それは食材を台無しにされた恨みからではなく本人の今後を思ってのことだった』
『料理番という居場所を作り、子供たちが自らの運命を切り開くための力を与える。その思想は素晴らしいもののように思われた』
ジローという男は、どこまでいっても善人だった。
粗暴な言葉遣いや態度で他者に誤解を与えることはあっても、害や悪影響を与えるようなことは一切なかった。
そして、彼のそんな性質がセラという少女を成長させ、今回またマックスという少年を正しき道へと導いている。
彼を罰するなんていうことがあってはならない。
神学院という小さな世界における、それは大いなる損失だ。
オスカーは素直にそう感じていた。
「ぐうううう……だが、そうではあってはならんのだ。姫様の望みはあくまで奴に罰を与えることであって……」
ジローはかつて、第三王子アルノートを蹴飛ばした。
敬愛する兄王子を蹴飛ばされたレティシア姫がそれを恨みに思い、ジローに罰を与えることを望んでいるというのが実情で、オスカーとしてはなんとしてでもジローの汚点を見つけなければならない。
だが、どうしても見つからないのだ。
なにがしかをでっち上げること自体は出来るだろうが、それはオスカーの主義に反する。
「奴に何か悪いところはないか? 他人には決して言えぬような秘密はないか?」
オスカーは眉間に皺を寄せながら悩んだ。
ジローの言動に思いを巡らせながら、頭をかきむしった。
頭を……頭を……頭を……。
「くそっ、なんだってあんなことを思い出すんだ……っ?」
オスカーは毒づいた。
つい何時間か前のことだ。
ジローはオスカーの頭をぽんと叩くと、こう言ったのだ。
──俺に言わせりゃ、おまえも子供だってことだよ。出来る限りのことはしてやるから、困ったことがあったらなんでも言えよ? おまえはなんだか、いつも何か抱え込んでるような顔してるからよ。
ちょっと笑いながら、優しい兄のような顔で。
──適当でいいんだよ、難しく考えんな。なあ、オスカー。おまえが将来、何かとんでもない悪事をしでかしたとしたら俺に言えよ? 俺が絶対、許してやるからさ。
オスカーがどれだけ怒っても、拳を振り回しても、ジローは嫌な顔ひとつしなかった。
楽しそうに笑って、いなされた。
「うるさい……」
なぜだろう、あの言葉が脳内で繰り返される。
ジローの笑顔と共に、何度も何度も再生される。
「うるさい……」
オスカーにも兄がいた。
強くて、優しくて、自慢の兄だった。
オスカーの悩みに気づいてくれて、いつでも相談に乗ってくれて。
両親共に厳しい家の中で、兄の傍にいる時だけオスカーは本当の意味で安心することが出来た。
「兄様になど、全っ然似ていないっ」
兄とジローの顔をダブらせかけた自分の頬を殴ると、オスカーは立ち上がった。
強い目線を、キッとばかりに二段ベッドの上に向けた。
そこにはジローが寝ている。
人の気も知らず、のんきに高いびきをかいている。
「覚えておけよ、ジロー」
オスカーはつぶやいた。
「絶対におまえの弱みを見つけてやるからな。まとめて姫様に報告して、なんとしてでも罰を与えてやるからな」
それは宣戦布告のようにも、情に流されそうになる自分を叱りつける叱咤の言葉のようにも聞こえた。
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