「クレメン・ダンジュ」
動揺するマックスにとどめを刺さんとばかりに俺がテーブルに並べたのは『クレメン・ダンジュ』だった。
といっても、この名を聞いたことがある人はそんなにいないだろう。
日本人はもちろん本場のフランス人だって怪しいほどにマイナーな地方料理だ。
フランスはアンジュー地方のクリームというのが語源だが、語呂の良さそしてイメージの良さから、『天使のクリーム』なんて言う風に異訳されることもある。
ポイントはムース風の柔らかい舌触りとフレッシュチーズ独特の酸味。
作り方は至極単純。水分を抜いたヨーグルト(本来ならフロマージュブランを使うのだが、用意していなかったので代用)にクリームチーズ、蜂蜜を混ぜ合わせて濾したものに生クリームを混ぜ合わせ、冷やした後にお好みのソースをかけるだけ。
今回は大陸南方オラトリオ産のみずみずしいオレンジソースとストロベリーソースを用意した。
──わあああーっ!? 何これ可愛いっ! 可愛いーっ!
──白くてふわふわしてて、まるでお空に浮かぶ雲みたいっ!
可愛いスイーツの登場に、まず女子陣が反応。
手と手を合わせ、きゃっきゃきゃっきゃと喜んでいる。
──ほう……柔らかな食感……口に入れた瞬間とろけるような……。
──酸味と甘味の割合が素晴らしいな。王都のお菓子屋でも出せないような至高の味ですな。
いかにも食通っぽく味や食感を褒めたたえるのは男子陣だ。
腕を組み、顎に手を当て、なにやら威厳のあるコメントをしている。
──ハーブティーとの組み合わせも最高っ。飲んで食べて飲んで食べて、美味の連鎖が止まらないいぃっ。
──太っちゃうような気がしつつもお茶が余計なものを流してくれそうで、罪悪感の薄れ具合もちょうどいいぃぃっ。
──甘いは正義っ! それを助長させるお茶は言うまでもなく大正義っ!
──セラとジロー、あのふたりっ! ほんっっっとにヤバいっ!
セラのハーブティーと俺のスイーツの組み合わせは良好で、子供たちはもちろん年頃の指導教官たちも頬を紅潮させながら食べている。
「くそっ……ちくしょう……っ」
自分の味覚にウソはつけなかったのだろう、速攻で完食したマックスが悔し気に呻いている。
「わかったよ。もうわかった。おまえらの料理は美味いし、おまえらが料理番であることに異論はねえ。これでいいだろ? じゃあ俺はもう行くから、あとはおまえたちでよろしくやってろっ」
まくし立てるように逆ギレすると、マックスは苛立たしげにテーブルを叩きながらその場を後にしようとした。
だが残念、見逃してやるわけにはいかない。
「オスカー」
「うむ、任せろ」
俺の呼びかけに応えたオスカーが、マックスの行く手に立ちはだかった。
腕を組み、真っ向からにらみつける格好だ。
「な、なんだよ……やるってのか? 食い物でわからせるだけじゃ飽き足らず、力でぶちのめそうってのか?」
闇の世界の殺し屋みたいな目でにらまれたマックスは、ぶるりと震えて後ずさった。
「い、言っておくが、俺にどれだけ非があったとしても公衆の面前で暴力を振るうのはだなあ……っ」
「暴力ぅ? バカ言え。そんなこと誰がするか」
マックスの肩を叩くと、俺は言った。
「これから行われるのはもっと過酷なもんだ。俺をハメるという超個人的な理由から砂糖を床にぶちまけ台無しにしたおまえを、公衆の面前で断罪するんだよ」
「だ、断罪だと……っ?」
残酷に告げると、マックスは全身を強張らせた。
「いいか? おまえが知ってるかどうかは知らんが、砂糖ってのは希少かつ高価なもんなんだ。神学院には金があり、全国の修道院へ料理法を伝道する役割も担ってるから在庫に余裕があるが、普通の修道院じゃそうはいかねえんだ。ちなみに俺が料理番を始めてから今までにおまえたちに食わせた料理に使った砂糖の量は、各修道院におけるひとり辺りの使用量のおおよそ三年分に匹敵するほどのものだった」
俺の言葉に、皆はザワついた。
──三年分? ウソでしょ? じゃあ修道院に戻ったらこんなに頻繁に甘いものは食べられなくなる?
──これだけ腕の立つ料理番がそもそもいないってこともあるけど、そうなるわね。うわあマジかあ~……。
──そんなに貴重な砂糖を台無しにしたマックスって最低じゃない? 普段から最低だけど、よりひどくない?
──ホントに最悪。あいつクビにしようぜ。クビだ。もう修道士とかやらせてんなよ。
俺たちをハメるという実に自分勝手な理由で砂糖を台無しにしたマックスに、皆の怨嗟の視線が集まる。
集団であることの強さも相まって、そこここでマックスへの遠慮ないブーイングが沸き起こる。
指導官や指導教官たちはマックスの犯した罪の内容を聞き、目を吊り上げて怒っている。
「うう……っ?」
右を見ても左を見ても味方はいない。
マックスはかつてないアウェイ感にビビり、半泣きになっている。
「……ふん」
俺は腕組みすると、鼻を鳴らした。
「わかったかよ。自分のしでかした罪の重さが。いったいどれだけの人に迷惑をかけたかが」
「わ、わかったよ。わかったけどじゃあ……俺はクビか? クビになって追い出されるのかよお?」
どれだけ弁が立とうが腕が立とうが、子供ひとりで生きていけるほどに世界は優しくない。
ましてやマックスの能力は普通の子供とそれほど変わらない。
不良仲間とつるんでいたこともあり、親の庇護下を離れた子供がどうなるか、その末路をこいつはよく知っているはずだ。
「た、頼むよ。謝るから許してくれよ。ここを追い出されたら、俺……俺ぇ……っ」
もはや強がる余裕もないのだろう。
マックスはボロボロと涙を流して謝って来た。
……と、このぐらいにしておくか。
あんまり追い込みすぎるのもいじめみたいでよくない。
頭をかくと、俺は告げた。
「勘違いするな。クビにはしねえよ。てか、俺にそもそもそんな権限はねえしな」
料理番なんてやっちゃいるけど、実際にはただの生徒だしな。
「権限はねえが、グランドシスターに提案ぐらいのことは出来るんだ。おまえの処分をどうするか。罪に対する罰をどうするか」
「ば、罰って……?」
クビにはされなさそうだと気づいてわずかにほっとした顔をするマックスに、俺は告げた。
その言葉を聞いたマックスは目をまん丸く開いて驚き、子供たちの間からは悲鳴が上がった。
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