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【小説版発売中】追放されたやさぐれシェフと腹ペコ娘のしあわせご飯【コミックもどうぞ】  作者: 呑竜
「第2部第3章:起死回生の逆転料理」

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「起死回生の逆転料理」

 ~~~マックス視点~~~




「へっへっへ、ざまあみやがれ」


 砂糖ツボの中身を塩に入れ替え、ジローの悔しげな顔を確認した後、マックスはその辺をぶらつき適当に時間を潰した。


「人のことをさんざんコケにしやがって……思い知ったかってんだ」


 夕食の時間が迫ると、他の班の生徒に紛れて食堂に入っていく。

 自分自身が今週の料理担当班であることなどおくびにも出さずに、ほくそ笑みつつ。


「挽回の余地は……まあねえわな。塩と砂糖を取り違えておいて、あの残り時間でどうにか出来るわけがねえんだ。野郎がどんだけ優秀な料理人だろうが、取り繕いようがねえんだ。つまりは野郎もオスカーも、泣き虫ティアもいちいちうるせえセラもおしまい。料理番カッコ笑いは神学院全体の笑いものになるってわけだ」


 マックスは肩を揺らして笑った。

 ここ最近溜まりに溜まっていたストレスが解消され、最高の気分だった。


 普段から嫌われ者な上に、今日はなおさら陰湿な笑みを浮かべているマックスだ。

 皆が気味悪がった結果、彼の周りにはモーゼの十戒の如き空白が出来上がっている。


 だが彼は、そんなことすら気づかずに待っていた。

 ジローたち料理番が憔悴した様子で無様な料理をテーブルに並べる瞬間を。

 皆の失望の顔、それこそが本日のメインディッシュだと言わんばかりに、ニヤニヤと。


 だが──

 しかし──


「はあーいっ! 晩御飯の時間だよーっ! 今日のご飯も美味しいよーっ。頬っぺたがとろける美味さだよーっ!」


 いつもの通りいつもの如く、鍋の蓋をお玉でガンガン打ち鳴らしながら配膳係のセラが入って来た。

 元気よく声を上げ、まったく何も問題がなかったかのように。


 セラ商隊の第一員たるティアはまだ恥じらいを殺し切れていないようで、セラの背後にこそこそ隠れながら「ば、ばんごはんだよー。おいしいよー」と小声で告げている。


 周りの皆は「今日も可愛いわねあのふたり」とか「あの掛け声のおかげで一層美味しくなるのよね」などと肯定的に捉えているようだが、なに、それも今日までだ。


「あんな状況でまともな晩飯が出来るもんか、せいぜいパンとスープとサラダに適当に焼いただけの肉か魚がつくぐらいのもんだろ? そんなのその辺の食堂の定食と変わらねえ。イコール、評判は地に落ちるってこった」

 

 マックスが皮肉る中、セラたちはテキパキと配膳を行っていく。

 神学院全生徒プラス指導教官らも含めた百数十名のテーブルに、食卓に、自らが作った料理を並べていく。


 しかしそこには、なんの違和感もない。 

 普段通りで、一切の齟齬そごがない。

 

「おいおい……ずいぶん平然としてやがるな?」


 驚くマックスの前に運ばれて来たのは、パンと緑黄色野菜のサラダ、スズキのカルパッチョ。

 ここまでは予想の範囲内だが……。


「こ、これは……っ?」


 メインとして提供されたのはシチューだった。

 シナモンの香りが辺りに立ち込める、ホカホカあったかシチュー。

 匂いを嗅ぐだけで気持ちが華やぐような逸品。


「さあ、召し上がれ」


 突如声をかけられたことで、マックスは驚き心臓を跳ねさせた。


 しかも声をかけてきたのはセラやティアではなかった。

 当然オスカーでもない、マックスが恨み続けてきたジローその人だった。


「な、な、な……っ!?」


 いつの間にか背後に立っていたジローは、これ以上ないドヤ顔をしている。


「小者の妨害にもめげずに作ってやったぜ。さあ、召し上がれ」

「こ、小者だとお……っ?」


 煽るようなジローの言葉にイラついたマックスは、思わず椅子を蹴立てて立ち上がりそうになった。


 が、すぐに思い直した。

 ジローの傍にはオスカーがいて、闇の世界の殺し屋みたいな目でこちらをにらみつけている。

 それにそもそも、腕っぷしではこのふたりに勝てっこない。

 皆の目の前で無様に負かされるのはイヤだった。


「ちっ……あの短時間で作り直したものが美味いわけがねえ! 強がってられるのも今のうちだぜ、すぐにみんなまずいまずいと連呼して……!」

  

 ──美味ああああああーい!


 マックスのセリフを遮るように、誰かが歓喜を叫んだ。

 シチューの美味さを、天井高く叫んだ。

 

「は? え? は?」


 第一声に続いて、歓声が広がった。

 それは大波のように食堂中に押し寄せ、跳ね返り、マックスの周囲でも多くの子供たちが声を上げた。

 頬を染め、身をくねらせた。


 ──このシチュー、最高に美味しいっ!

 ──特に濃い味付けがいいねっ! パンに超合うっ! 浸して食べると無敵の味っ!

 ──はっきゅううう~ん♡ 今日の晩御飯も素晴らしいですう~♡


「おいおい、ウソだろ……?」


 胸の前で手を組み合わせて昇天する者まで出る中、マックスは半信半疑でシチューをすくった。


「こんな即興で作ったもんがそんなに美味いわけ……」


 スプーンを口に入れた瞬間、電流が走った。

 

「なっ……?」


 マックスは絶句した。

 野菜の甘さがホワイトソースと絶妙にからみ合い、塩味の濃い豚肉やベーコンと絶妙なハーモニーを奏でている。

 にんにくやシナモンの香りが食欲をかきたて、スプーンを運ぶ手が止まらない。

 運びたくないのに、自動人形になったかのように食べ続けてしまう。


 皆の言っている通り、決め手は味の濃さだろう。  

 パンを浸して食べるだけでも美味いが、緑黄色野菜のサラダをつまむとちょうどいい塩梅あんばいに塩味が調整出来る。

 スズキのカルパッチョもポイントだ。本来ならもう少し濃い味付けをするだろうに、今日は意図的にだろう薄めの味付けがされている。

 シチュー、パン、サラダにカルパッチョという四角食べが見事に成立している。


「こ、これは……これはあぁ……っ?」


 マックスは唇を噛んだ。

 拳を握り震わせた。


 悔しいが、認めざるを得ない。

 この料理は、ジローの作ったこの料理は。

 マックスの妨害すら乗り越えて。


「美味いよ、ちくしょう……」


 顔を真っ赤にしながら、マックスは認めた。

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