「マックスという少年は」
~~~マックス視点~~~
「ちっ、どけどけガキども、道を開けろっ」
マックスは、顔を真っ赤にしながら廊下を歩いていた。
がに股で、肩をイカらせながら歩いていた。
ただでさえ体が大きく強面のマックスの勢いを生徒たちは恐れ、関りあいにならぬようにと慌てて脇へ避けていく。
「……ふん、そうだよ。そのリアクションだよ」
モーゼの十戒さながらの光景に満足し、マックスはニヤリと笑んだ。
「この反応が普通なんだよ。修道院でもそうだった。俺が言えばみんな怖がって逃げるし、俺がやることを邪魔する奴なんていなかった。それに引きかえあいつらは……っ」
マックスは果物農家の生まれだ。
五人兄弟の末っ子だったが、ある時栽培していた果物が病にかかって全滅し、口減らしのために修道院に入れられた。
当然、グレた。
街のワルとつるんで盗みやカツアゲなどをし、一時は修道院を追い出されそうになった。
さすがに修道院を追い出されてしまうのは困る。
家にも帰れない以上ホームレスをして生きていくか、あるいは本格的な犯罪者になるしかないが、そこまでの覚悟はなかった。
神学院に送り込まれたのは、優秀な指導教官に指導されることで更生するのを期待されたからだ。
実際、鬼教官であるエレナの指導などは強烈で、さすがのマックスも表立って反抗したり、不真面目な態度はとれなかった。
だが、だからといって更生したわけではない。
エレナの見ていないところでは好き勝手していたし、それによって皆がマックスを怖がるのを面白く感じていた。
その状況に、最近変化が生じた。
同じクラスのジローとオスカーだ。
脅しもきかないし暴力にも怯えないふたりが教室の最後尾にどすんと居座ることで、何かあるたび皆がふたりを頼るようになったのだ。
その『何か』の中には当然ながらマックスのことも含まれていた。
ふたりがいる前では皆がほっとしたような笑顔で振る舞うことが出来た。
いうならばふたりは、街の住民を外敵から守る壁のような存在だった。
「あいつらはなんでビビらねえんだちくしょうっ。西エール街にその人ありと謳われたこのマックス様をなんだと思ってやがる……っ」
マックスとて、その状況を黙って見ていたわけではない。
彼なりに足掻いていた。
勉強では敵わない。
真っ向からケンカを挑めばエレナ指導教官にチクられる。
ならばと選んだのが格技だった。
格技というのは辺境で生きることの多い修道士たちが最低限の自衛手段として学ぶ徒手格闘術のことだ。
授業中に堂々と恨みを晴らせる機会だとばかりに舌なめずりして決闘を挑んだマックスだったが、いとも容易く打ち負かされた。
まずは対オスカー戦。
格技以外に何らかの武術を学んでいるのだろうオスカーに翻弄され、マックスは何をされているかもわからないうちにその場に組み伏せられた。
対ジロー戦は、もっとひどかった。
体格差がありすぎて、突いても蹴ってもジローには効かなかった。
そのうち襟を掴んで投げ飛ばされた。
まだまだとばかりに立ち上がったマックスに、ジローは実にめんどくさそうな顔でこう言ったのだ。「まだやんのか?」と、あくびまでしながら。
勉強もダメ、格技もダメ、胆力だって敵わない。
屈辱に震えるマックスは、しかしまだ諦めていなかった。
家を出されて以来ちっぽけな虚栄心だけで生きてきた彼にとって、負けを認めるのは死に等しい屈辱だから。
「何が料理番だ、誰がそんなことするかっ。美味くもなんともねえ料理ばかり作りやがってっ。だいたいあんなものよりなあ、お袋の作る料理の方が……っ」
美味いんだよ、そう言いかけてやめた。
そうだ、どれだけ美味くたって、あの料理を味わえることは二度とない。
自分は捨てられ、もう家には帰れない。
このまま神学を修めたところでたいした人間にはなれず、修道士としても先が知れている。
「くそ……っ」
己の惨めさを感じた彼は、急に泣きそうになり……。
「ぐず……っ、ちくしょう……っ」
鼻をぐずらせながら立ち尽くしていると……。
「あれえー? マックスだーっ」
能天気な声が聞こえてきたと思ったらセラだった。
ティアと一緒に中庭の隅にしゃがみ込んで何かしている。
「ああん? なんだてめえー何してんだこらあーっ」
マックスはポッケに手を入れすごんでみせたが、ティアはともかくセラにはまるで効かない。
あの目つきの悪いジローと仲良くしているせいだろうか、いつもと変わらぬマイペースで接してくる。
「んー? えっとねー、三つ葉を積んでるのーっ」
そう言ってセラが持ち上げたのは籐のカゴだった。
中にはなるほど、緑色の野草がたくさん入っている。
「んだよ、葉っぱじゃん」
「葉っぱじゃないよ、三つ葉だよー」
「だから葉っぱだろ」
「違うよー。あーあ、マックスにはわかんないんだなあーっ」
しかたないなあとばかりに肩を竦めると、セラはドヤ顔で説明してくる。
三つ葉が湿り気のある日陰に自生していること、どんな料理にでも使えて香り高くて重宝すること。
そんなに値の張るものではないが、自己調達できると妙に嬉しいんだよなとジローが言っていたこと。
「セラは鼻がいいからねー。こうゆーの見つけるのは得意なんだあー」
まさか匂いで見つけたとでもいうつもりだろうか、セラはクンクンと鼻を鳴らしてみせる。
「犬かおまえは……」
「違うよー。狼だよー」
わおーん、とばかりに吠えて見せるセラ。
「チッ……ダメだ。こいつといると調子が狂う……っ」
まったく話が通じないことに苛立ったマックスが頭を左右に振ると……。
「……マックス、もしかして泣いてた?」
マックスの目が赤くなっているのを目ざとく見つけたセラが、真っ向から聞いて来る。
「は、はああー!? 泣いてねえし!」
「ええー? ウソウソ、だって目が真っ赤だもーん」
「んなことねーし! もしあったとしたら砂が目に入った時に手でかいたからだしっ!」
苦しい言い訳をするマックスの周りを、セラが「ふうーん……? ふうーん……?」と言いながらちょろちょろし出した。
「もし嫌なことがあったんだったら、セラ隊長が聞いてあげるよー?」
「なんだ隊長って。つかそもそも、嫌なこともねえし泣いてもいねえんだよっ」
腹立ちまぎれに振るった手がカゴに当たり、中身がばらばらと地面に落ちた。
セラたちが拾ったのだろう三つ葉が、無惨に散らばった。
「ああーっ!? ああああーっ!?」
まさかの事故に、セラは目を見開き大騒ぎ。
「びえええええええ~ん……っ!」
怖がりのティアが、大声を上げて泣き出した。
セラの声も大きいし、ティアの泣き声はなおさら大きい。
騒ぎを聞きつけた生徒たちが、なんだなんだと集まって来た。
セラ、ティア、マックスの並びを目にすると、すべてを察したように眉をひそめた。
「な、なんだよ! 俺は悪くねえからなっ! そいつには何もしてねえし、そもそも手がカゴに当たっただけだからっ!」
責めるような視線に気づいたマックスは慌ててまくし立てたが、皆は全然信用してくれない。
「まあ~たマックスかよ」
「弱い者いじめて、泣かせて。あいつホント、ウザいんだけど……」
「おい、誰かエレナ先生呼んでこいよ」
口々に悪口を言ってくるのに、マックスは動揺した。
今さらながらに、自らの立場の悪さを実感した。
「ぐっ……」
このままでは、本当に神学院から追い出されるかもしれない。
それはすなわち、修道院を追い出されることとイコールで……。
「ぐっ……ちくしょうっ」
最悪な結果になることだけは避けたい。
そう考えたマックスは、たまらずその場を逃げ出した。
「くそ……くそくそっ、これも全部あいつらのせいだ……っ。あいつらがいなければ、こんなことにはならなかったんだ……っ」
走りながら、マックスは怒りの言葉を口にした。
そして、絶対に許さないと心に決めた。
ターゲットはセラとティア。
そして自分をこんな精神状況に追い込んだ、ジローとオスカーもだ。
「目に物見せてやる……っ。二度と料理番なんて名乗れないよう、恥をかかせてやるからなっ」
四人の共通項である料理番。
その繋がりを粉々に打ち砕いてしまおうと、心に決めた。
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