「900年前のレシピ」
第一助手扱い、そしてセラの得意分野を生かしオスカーよりも上であるとアピールする方向に舵を切ると、セラの機嫌は途端に治った。
ニッコニッコと満開の笑顔を浮かべ、いつもはつまらなそうにしている代数の授業も「ふんふんふふ~ん♪」とばかりに鼻歌交じりで受けている。
指導教官に差されるたび元気よく答えては間違えるということを繰り返しながら、しかしものすごく楽しそうだ。
「……なんだかちょっと納得いかない。これじゃあボクが一方的に言われ放題じゃないか」
すると今度は、隣の席のオスカーがぶすくれ始めた。
「別にボクは何も悪いことをしていないのに絡まれて、不公平だ」
腕組みをし、頬を膨らませて不満を述べてくる。
まあ気持ちはわかるが……。
「悪いな、オスカー。セラはまだ子供だからさ、ここは大人のおまえが折れてくれよ」
両手を合わせて謝ると、オスカーは「そういうことならまあ……」と、渋々ながらうなずいてくれた。
実際、16歳の自分が11歳の子供に突っかかるのも大人げないと思ったのだろう、このことに関して目くじらを立てるのはやめてくれたようだ。
「しかしいったい、セラの特技というのはなんなのだ? 包丁が使えない彼女にいったい何が出来るのだ? お茶がどうこう言っていたようだが……」
とはいえ気になりはするようで、セラの特技について聞いて来た。
「一年ぐらい前のことになるんだがな。まだ子供用包丁すら持っていなかった時代のセラが、自分も料理がしてみたいとあまりに騒ぐんで仕方なく教えてやったんだ。俺のいた世界の修道院に伝わるお茶の……ええと、ハーブティーの淹れ方について」
「ほう、キミの世界の修道院の?」
神学院に学ぶ生徒としての興味が湧いたようで、オスカーは俺の方に顔を傾け、続きを聞かせろと促して来た。
「こっちの世界でもそうだろうが、俺のいた世界でも多くの場合、食や医学の発信元は修道院だったんだ」
かつてのヨーロッパにおいで、食や医学の発信元は多くの場合修道院だった。
なぜなら修道院には教育があったからだ。
文字も書けない計算もできない、そんな民衆が多くいる中で、修道院には教育の光があったからだ。
神学を深く学ぶためには語学に長ける必要があり、また多くの信者の健康を維持し命を守るという必要上、食や医学に関する知識水準が向上するのは自然の流れだったからだ。
「その中でも有名なのがヒルデガルドって人でな……」
ヒルデガルト・フォン・ビンゲン。
ドイツのベネディクト会系女子修道院長にして、『中世ヨーロッパ最大の賢女』とも呼ばれていた人だ。
「神学者であり、預言者であり、言語学者であり、作曲家であり作家であり詩人であり、当時の王様連中なんかとも対等に渡り合い、とにかくなんでも出来たすごい人だったんだ。だが俺的にはさ、料理人にとってこの人の一番すごいところはそこじゃないんだ。彼女は医学者であると同時に薬草学者でもあったんだが、特にハーブに医学的な効能を見出して、それを人々のために利用する方法を模索していたんだ。彼女の遺したハーブティーのレシピはなんと900年以上先の未来にも残っていてな……」
「そのレシピを、セラに教え込んだと?」
「ああ、もちろん当時の知識だから間違ってる部分もあるんだけどな。その辺は俺が上手い事修正して教えてやった」
ハーブティーの効能、ブレンドや淹れ方についてざっくり説明してやると、オスカーはなるほどと感心したようにうなずいた。
「特にあいつが上手いのはブレンドだな。何せ鼻がいいんだよ。ホントに人間と狼の合いの子なんじゃないかってぐらい敏感なんだ。だからあいつはハーブの量を絶対間違えない。かっちり最高の分量でもって配分出来る。イコール、最高のハーブティーが仕上がるって寸法だ。あれには俺でも敵わねえよ」
「……キミよりも上手いと?」
「おう。ま、論より証拠だ。あとで飲ませてやるから、期待しておきな」
そんなことを話していると……。
「おいおいジロぉ~。おいおいオスカぁ~」
茶髪をリーゼントにした同じクラスのマックス(15歳男)が、にやにやしながら近づいて来た。
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