「オスカーと秘密の手紙」
~~~オスカー視点~~~
夜半、消灯直前。
オスカーは自分の机に向かい、書き物をしていた。
同室のジローはすでに二段ベッドの上で高いびきをかいているので起きて来る心配はないが、万が一を考えて照明は抑えめに。ペンの音すら聞こえないように、こそこそと書いていた。
あて先は首都リディア、燦然と輝く王城に住まうレティシア姫に向けて。
そう──オスカーは間者であった。
レティシア姫の命を受けてジローの人となりを探るための、スパイであった。
「ちっ……なんなのだ、あの男……っ」
書き始めてすぐに、オスカーは舌打ちをした。
その回数は、文章が進むにつれて多くなる。
任務のせいもあるが、文面にはどうしてもジローのことが多くなる。
そして──
『事前情報ほど粗暴な男ではない』
『幼女と婚姻関係にあるとの噂は、ほぼ幼女側からの一方通行である』
『料理番としての責任感が強く、自らの身を犠牲にする一面がある』
『神学院の生徒たちに料理の楽しさと意義を教えるための立ち回りは実に見事であった』
「なんでこんなに褒め言葉ばかりになる……っ? いやいやいや、別に意図的に褒めているわけではないっ。ただ単に事実を列挙しているだけだっ。それ以外の何も無い……にも関わらずっ」
腹立ちまぎれに便せんをグシャグシャに仕掛けたオスカーだが、すんでのところで思いとどまった。
そうだ、たかが便せん一枚といえども国庫から支払われているのだ。国民の税の結晶なのだと、思い直した。
「落ち着け、落ち着け、落ち着け。これは任務なのだ。それ以外のなんでもない。事実を事実として受け止め。列挙する。いかに憎しとはいえ、そこに一片の私情も差し挟んではならないっ」
胸に手を当て、深呼吸を数度。
ようやく落ち着いたオスカーは、報告書の続きを書き始めた。
『ジローという男の振る舞いを記録し、問題あるならば罰を与える』
そのための報告書を。
「大丈夫。書いていればそのうち馬脚を露すはずだ。何せ第三王子殿下を蹴飛ばしたほどの者。いかに正常な人間のフリをしようと、絶対どこかにひずみが出るはず……」
だが、書けば書くほどに問題のない男であることがわかる。
『多少短慮なところはあるが、基本的には仕事熱心な男である』
『子供たちの成長に感心を持ち、そのため日々考えを巡らせている』
『そのためならば自身が四十発の鞭打ちを受けることすら辞さない』
『高圧的に接する自分を面倒がりこそすれ、突き放さない度量がある』
「くっ……? こ、こ、これは……っ?」
最終的に出来上がった報告書は、オスカーがジローを持ち上げるためだけに書き上げたもののように読めた。
「そんなつもりはまったく無いのに、これではまるでボクがあの男のことを……」
「なあおまえ……こんな夜中に何書いてんだ?」
「@▽%&¥¢〆≧!?」
突然後ろから声をかけられ、オスカーは半狂乱に陥った。
黒い素早い虫が出た時のように慌て、机の上にあったものを手当たり次第にジローに投げつけた。
「痛っ、痛っ、痛いっ! なにすんだおまえ……っ!?」
「§★~◇&£¢≦!?」
ジローをその場に押し倒し、手にしたペンを逆手に構えて喉元に突き刺して殺し──そうになったその直前、ようやくオスカーは我に返った。
「はっ……す、すまない。ジロー……つい……」
「……いやいやいや、ここまでのことを『つい』のひと言で済ますなよ」
オスカーが上からどくと、ジローはやれやれとつぶやきながら立ち上がった。
しっちゃかめっちゃかに散らかった部屋の惨状を見渡し、ハアと大きなため息をついた。
「本当に……すまない……」
「……いや、もういいけどよ。んで、書いてたのは手紙か何かか? 覗かれたと思ったんだろ? 別に覗いちゃいねえけど、疑われるような行動をしたのはたしかだ。悪かったよ」
しゅんと萎れるオスカーに、しかしジローは怒るでもなく冷静に謝って来た。
「何せこれから一年間のつき合いだ。変にギスギスすんのも嫌だしな。プライベートは大事にしてこうぜ。……って、俺が言う話じゃねえんだろうが」
ジローは頭をかくと、くるりとオスカーに背を向けた。
「とりま、消灯時間は過ぎてんだ。ほどほどにして寝ろよ。明日の朝でいいなら片付けも手伝ってやるからさ」
そんじゃ、とばかりに手を振ると、二段ベッドの上に上がっていった。
よっぽど寝つきがいいのだろう、横になった瞬間、高いびきをかいて眠り始めた。
「ああ……うん、すまない……」
うなずきながら、謝りながら……オスカーはひたすら困惑していた。
レティシア姫の意向を考えるならば、自分はジローのことを悪しざまに書かなければならないのに……。
どうしよう──いいところばかりが増えていく。
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