「エンパナーダのおもちゃ箱」
焼き上がったエンパナーダを皿に盛ると、一気に達成感を感じたのだろう。
D班の生徒は誇らしげに顔を輝かせた。
──これ、俺が作ったんだぞ。一番デカいやつ。
──わたしのはね、けっこう砂糖を入れてるの。きっと甘くて美味しいわよ。
それそれが工夫して作ったエンパナーダを、我が子を抱く親のような笑顔で食堂に運んで行く。
「それ運んで終わりじゃないぞー。こいつも一緒に持って行ってくれー」
──え? 終わりじゃない? なんか他にあるっけ?
──わたしたちこれしか作ってないような……?
顔を見合わせて戸惑う生徒たちに、セラが大きな声で説明する。
「ジローは作るの速いんだからっ。セラたちがひとつ作ってる間にふたつもみっつもよっつも作っちゃうんだからっ」
腰に手を当て胸を張って、まるで自分のことのように誇らしげに。
「ね、ジローっ♪」
「ああ、まあな。みっつもよっつもと言われるとハードル高いが、メインをひと品ドン、じゃ料理人としてはさすがにな……」
などと言いつつ、ホントに大したものは作ってない。
生徒たちが切り刻んだ野菜に賽の目切りにしたバゲットを加え、フレンチドレッシングをかけた『田舎風サラダ』と
同じく生徒たちが切り刻んだ野菜をバターで炒め、鳥のだし汁で煮込んだ『パリ風ポタージュ』。
さすがに子供たちに料理指導をしつつケガしないように見張りつつ、ではこれが限界。
──え、いつ作ったの? ホントいつの間に?
──しかも見て、すごい綺麗で美味しそうっ。
俺の作った料理を見て、生徒たちはうっとりとした息を吐き。
──これに比べると僕らの料理って……。
──うん、全然まだまだというか……。
中には委縮する奴も出て来た。
「何言ってんだ。メインはおまえたちの作った料理なんだから胸を張りな。ほら、ぼーっとしてないで運んだ、運んだ」
呆然とする生徒たちを促し促しして配膳を終えると、いよいよお待ちかねの実食タイムだ。
眠い目を擦りながら起きて来た他の班の生徒たちは、食卓に並んだ料理を見てぎょっとしたように目を見開いた。
──うわ、今日の朝食はすごいな。え、なにこのデカいの?
──こっちのサラダとスープを見てっ。キラキラ輝いてるみたいですっごく綺麗。
──香りもすげえー、王都の高級料理店の料理みたいだ。いや行ったことないけども。
今まで見たことのないような朝食に、生徒たちはもちろん指導官や指導教官も驚いている。
その中でも一番大きなリアクションをとったのは、上座に着いたグランドシスターだ。
胸の前で両手を合わせ、満面に笑みを浮かべ。
「まあまあ、素晴らしい朝食ね。みなさん頑張ってくださったのね、ありがたいわあ~」
ホントに食べるのが好きなのだろう、とろけそうな声を出して喜んでいる。
「ジローさん、料理のご説明をお願い出来る?」
「はい。オードブルは野菜と賽の目にカットしたバゲットにドレッシングを絡めて食べる『田舎風サラダ』。スープは野菜とベーコンをバターと鳥のだし汁で煮込んだ『パリ風ポタージュ』。チーズを振りかけつつ、とろけるようなスープの舌触りを楽しんでください」
俺の説明を聞いて食欲が高まったのだろう、生徒たちがゴクリと唾を飲んだ。
「ですが、これはあくまでオードブルとスープに過ぎません。肝心要のメインディッシュはD班全員で作った『エンパナーダのおもちゃ箱』。俺の世界のスペインという地方の伝統料理ですが、今回は生徒それぞれが好きなように具を詰め込みました。サイズも含め、同じものはひとつとして存在しない。おもちゃ箱のようなびっくり料理を、まずはご賞味ください」
俺が説明を終えると、グランドシスターがずいぶんと省略した祈りの言葉を唱えた。
そして他の誰よりも早くスプーンを手に取ると、バリンと音高くエンパナーダの真ん中を割った。
その瞬間、ほわりと白い湯気が上がった。
香辛料の香りが辺りに漂い、肉汁がどっと溢れた。
「あら、まあ」
スプーンですくってひと口。
グランドシスターは目をまん丸に見開いた。
「なんてほどよい塩加減……香辛料も効いてて美味しいわねえ~。生地はパリッとして面白い食感だし、お肉や野菜とチーズの相性も抜群ね。あら……これはゆで卵かしら? ホントにおもちゃ箱みたい。なんでも入ってるのねえ~」
ひと口ひと口感想を述べながら、実に美味そうに食べてくれる。
他の皆も美味そうに、他人のと自分のとを比べてきゃっきゃと騒ぎながら食べている。
もちろん中には失敗したのもある。
塩を効かせすぎてしょっぱすぎたり、香辛料を効かせすぎて激しくむせたり。
だけどそれ自体もある種のイベントとして楽しめているようで、不満の声はひとつも聞こえてこない。
そんな光景を見たD班の皆は、一様に誇らしげな顔をしている。
自分が作った料理が皆に笑顔をもたらしているのを眺めては、ニヤニヤと嬉しげに口元を緩めている。
「ジローっ、ジローも早くっ」
皆の様子を見たセラは隣の席から俺の顔を覗き込むと、さあ食べろすぐ食べろと急かして来た。
「……そういや俺のはおまえが作ったんだっけ?」
「そうだよっ。妻の愛情という名の旨味成分がかかってるから美味しいよっ。アジノ○トもびっくりだよっ」
「うんまあ、それもおかーさん語録からなんだろうな……」
例によって例の如くの世迷い言はともかくとして、セラの作ったエンパナーダだ。
「……なんか、おまえのだけずっしり重くない? 密度おかしくない?」
「セラの愛情の重さだよっ」
「そうかなあ……絶対違う気がするが……」
警戒ばかりしててもしかたないのでスプーンで真ん中を割ってみると……。
「うお……なんたる肉々しさ……」
俺は思わず呻いた。
鳥肉、豚肉、牛肉にベーコン、ソーセージ……。
あれほど言ったのにも関わらず、こいつ本気で肉ばかり詰めやがったな?
そりゃあ重たくなるわけだぜ……。
「肉美味いっ、肉ばかり入れたらさらに美味いっ。ジロー元気っ」
なぜか片言肉原人になるセラは放っておくとして、しかしこれは……。
「味は……うん、味はまあ美味いな……」
「やったあー! セラの愛の勝利だね!」
俺の感想を聞き、両手でガッツポーズするセラ。
いや、まあな。
小麦粉と肉を組み合わせてまずいものが出来るわけがないし、塩と香辛料の分量はきっちり守っているみたいなので味自体は美味いんだ。美味いんだが……。
「うお……えげつないぐらい重いな。これひとつで一日分のカロリーとれるレベルじゃねえか?」
「いいじゃんいいじゃん! がっつり肉食べれて幸せじゃん!」
「まあ肉原人さんはそうなんだろうけどな……」
「肉原人とは!?」
があん、とばかりに頭を抱えてのけぞるセラ。
「美味しい! これ美味しいですよ隊長!」
セラの隣に座ったティアは、嬉しそうにセラお手製のエンパナーダを平らげていく。
隊長をフォローしているとかではなく本心で言ってる感じで、しかもフードファイターみたいな物凄い勢いだ。
「……ティア、体の割にめっちゃ大食いだな。本気で肉も脂もものともしないっつうか……え、これが若さ? むしろ俺が若くない説まである?」
微妙にショックを受けている俺の隣で、オスカーはずいぶんと神妙な顔をしている。
エンパナーダもまだまだ、二割ほどしか減っていない。
「なんだ、どうしたオスカー? 口に合わなかったか?」
「いや、そんなことはない。味は間違いなく美味しい。美味しいのだが、それを自分が作ったというのが未だに信じられなくてな……」
自らの手を見つめ、不思議そうな顔をするオスカー。
「ボクは今まで包丁を握ったことなどなかった。にも関わらず、キミにちょっと指導されたぐらいでこれほどのものが出来るとはなと、驚いていたのだ」
「実感が湧かないってことか? だとしても別にそんなに難しく考えるもんでもねえだろうよ。たとえば……つっても俺にはわからねえが、剣を振るという動作だって同じだろうよ。正しく構えて正しく振れば、必ず相手に当たる。上手い角度で当たればすぱりと切れる。初めて振ったとか何度も振ってるとか、そこにはそんなの一切関係ないだろうが。正しく行えば正しい結果が待ってる、それだけのことだ」
「料理も同じだと? 単に正しい行いの結果であり、理由について深く考える必要はないと?」
「そういうことだ」
「ふうむ……」
納得したのかしてないのか、まだまだ不思議そうに手を眺めるオスカー。
「なんだ、それともあれか? なんだかんだでおまえ、料理に目覚めたのか? 俺たちと一緒に料理番をやる気になったんだ?」
「は? はあ? はあああーっ? だ、誰がキミらなんぞと……っ!」
図星をついたのか、完全に的外れだったのかはわからない。
いずれにしろオスカーは、柳眉を逆立てて怒り出した。
「だいたいキミ、ボクのことなど嫌いなはずだろうが! 一緒に働きたくなんかないくせにからかうな!」
「はあー? 誰が嫌いって言ったよ?」
「へ? え? だって……」
予想外の返答だったのだろう、思い切り戸惑うオスカー。
「そりゃあな、一緒に部屋にいる時の厳しい監視や神学の個人教授なんかはうぜえし、正直やってられねえと思ってるよ。だがな、こと料理に関しては話は別だ。真面目で腕の立つ奴を、性格の不一致ぐらいで嫌ったりしねえよ」
「腕の立つ? ボクが?」
俺の答えに、さらに戸惑いを深めるオスカー。
「おまえってさ、包丁握ったことないし料理もしたことないとか言ってるけど、たぶん剣術とか習ってんだろ? 包丁さばきがやたらと様になってんだよ。刃筋の立て方ひとつとってみても、素人にはとても見えねえ──」
「はあああーっ!? そ、そんなの知らないし! そもそもそんなこと言われても嬉しくないし! ボクは女じゃないんだから!」
なぜだろう、オスカーは顔を真っ赤にして怒り出した。
俺の言葉を遮るように、大声で怒鳴り始めた。
「ボクには料理なんて似合わないからっ! 班の担当が回って来た時にしかたなくやるだけだからっ! それ以外で関わることなんかないからっ!」
思い切り断言すると、残った料理を一気に食べ終え食堂を後にした。
とはいってもD班には後片付けの作業もあるのでそのまま部屋に戻るわけにも行かず、すごすごと戻って来て恥ずかしそうに作業をしていたが。
なんだろう、変な奴だなホント。
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