「牛もも肉のミルフィーユ仕立て」
その後しばらくカーラさんと気まずくなるなど色々と問題はあったが、セラは無事に復活した。
リハビリも滞りなく終了、回復食漬けの生活からも脱し、さあ普通通りの食事だとなった際、何を食べたいのか聞いてみたところ……。
「肉! お肉!」
セラは背伸びすると、食い気味に答えてきた。
「ホントにわかりやすい奴だね、おまえは……」
「だってずっと食べたかったんだもんっ、セラはお肉がいいのっ! お肉お肉!」
「肉ねえー……」
要望されたはいいが、さてどうしようと考えた。
正直最近、肉に関しては在庫のほうが欠乏気味で、牛の赤身が少しあるだけだ。
この間、雪崩に巻き込まれて死んだ馬2頭の肉はちょうど熟成中だが……さすがに今出すのはキツいか?
「肉! 肉肉肉!」
俺のいた世界における欧米がそうであるように、こちらの世界での馬は、犬猫と同じように人間に近しい存在だ。
友達と言っても過言ではなく、捌いて食べるという行為に本能的な忌避感を覚える人間は当然いる。
ましてや双子の身代わりになるように死んだ2頭のそれとあってはな……さすがの俺もそこまで鬼じゃない。あれはもう少し寝かせておこう。
「肉ぅぅぅぅぅぅーっ!」
「OK、わかった。肉にしよう。とびきりこってりの、食い応えのあるやつだ」
「うおおおおおー! 肉! こってり! サイコー!」
お肉大好き肉原人みたいになったセラが肉ダンス(自分で言っててもなんだかわからないが、そうとしか表現できない)を踊り始める中、俺は作業を開始した。
まずは濃厚ソース作り──
塩を入れた水を鍋で沸騰させ、牛の骨髄を入れて30分煮る。
バターをフライパンに入れ、刻んだエシャロットを炒める。色が変わったら赤ワインを投入、塩胡椒して強火で煮る。
汁が半分ほどになるまで煮詰めたら、レモン汁、パセリ、バターを少しずつ入れてかき混ぜる。
さらに牛の骨髄の中身をすくって混ぜる。
「モオオー、モオオー、モオオオオー?」
骨髄の中身をすくうという行為が珍しいのだろう、セラが牛の鳴き真似をしながら興味津々といった目で見つめている。
まあたしかに、そんなところに旨味成分があるとは普通は考えないよな。
「うんうん、わかるわかる。先人の知恵ってのは偉大だよな」
「モオ、モオ、モオオオオー」
盛んにうなずいているところを見ると、肉原人さんと俺は、なんとか意思疎通出来ているらしい。
それはともかく、次は肉の焼きだ。
単純に焼いても十分美味いのだが、せっかくのセラのお祝いなのだからひと手間加えてやろう。
フライパンに油を熱し、筋切りした牛の薄切り肉の両面に焼き目をつけてから間にチーズを挟み込んでミルフィーユ状に重ねる。
そいつをに先ほど作ったソースの3分の1を投入して蒸し焼き。
水分が無くなったら肉を取り出し、クレソンと残り3分の2を添えて完成!
出来上がった料理を食堂に運ぶと、ウキウキで待っているセラの前に差し出した。
「名前は『牛もも肉のミルフィーユ仕立て』だ、さあ召し上がれ!」
「おおおおおおおお……っ?」
黒パンそして野菜のスープを添えて出された料理を目の前にしたセラは、わなわなと両手を震わせた。
「おいしそうっ。これってすんごくすんごく、おいしそうだねっ? ジローっ?」
セラは目をキラキラと光らせ、口からはよだれを垂らしている。
「おうともよ。さあいっきにいけ、かぶりつくんだ肉原人」
「わおおおーんっ!」
もはやなんだかわけのわからない存在になったセラが、辛抱たまらんとばかりに肉にかぶりついた。
そして次の瞬間、歓喜の声を上げた。
「わあああああっ、おいしーっ、おいしーようっ! しっかりした赤身だけど、薄くしたのを重ねてるからすっと噛み切れるのっ! そしたら間に挟み込まれてるチーズと肉汁がジユワッと溶けあってすんごいことになるのっ! そこへこってり濃厚なソースが絡んできて口の中が幸せでいっぱいになるのっ! すごい、すごすぎるっ! これはお肉のかくめいだよっ、ジロー!」
セラの絶賛に続けとばかりに、皆が肉にかぶりついていく。
──お肉っ、ひさしぶりっ。
──このチーズがまた……っ。
──何この濃厚な……え、何……っ?
──ああ、神様。また美味しいお肉に引き合わせていただいてありがとうございますっ。
ひさしぶりの肉料理に舌鼓を打ち、皆が盛り上がったところで──
「皆、聞いてくれ。双子の持ち帰って来てくれた情報によるならば、あと2カ月後にはランペール商隊が補給物資を運んで来てくれるそうだ。肉も小麦も、ついでに酒も満載にしてな。そうしたら俺がこの世で最高の、とびきり贅沢な料理を食わせてやることを約束しよう。だからそれまで、頑張ってくれ」
おおー、と皆の間から歓声が上がった。
──これ以上の、最高のっ?
──すごい、それってすごい……っ。
──頑張ろう、頑張って生き残ろうっ。
──ああ神様、わたし、精一杯雪かきします!
──ああーっ、あんたそれは禁句でしょーっ!? お願いだからこんな時に辛いことを思い出させないで!
誰かのツッコみに、皆はどっと笑った。
厳寒期突入から2カ月半、徐々に疲労の色が濃くなっていく中で、しかしケラケラと楽しそうに笑い合った。




