「別れのあいさつ」
~~~ジロー視点~~~
セラとティアが抱き合っているのに気づいた俺は足を止め、邪魔しないよう引き返した。
後ろに続いていたキャリカにかぶりを振ると、そっと廊下の壁にもたれかかった。
俺の意図に気づいたキャリカは、俺とは反対側の壁にもたれかかると。
「……嫌な世の中だよな。大好きな友達同士が、一緒にいられない」
「まだマシさ。世の中にはもっと辛い別れだってある。生き別れるぐらいなら全然マシ……。なんて、頭では理解できるが、納得はいかないよな」
キャリカは重いため息をついた。
「惨めさを感じるよ。なんで自分はこんなに力が無いんだろうって」
拳を握り、震わせ、キャリカは心底から悔いているようだ。
「今回のこと。すべてが上手く回って、ティアの命を救うことはできた。だけどそれだけだ。命以外はなにも救えなかった。なあ、本当にすべきは、彼女をザントに行かせてやることだっただろう? セラと共に、幸せに暮らしてもらうことだっただろう?」
「……」
でも、そんなことはできないんだ。
セラと同じように……いや、もしかしたらセラよりも深刻な理由で、ティアの人生は他人に振り回される。
行きたいところに行けない。住みたいところに住めない。
もしかしたら、結婚の自由すら与えられないかもしれない。
あんな小さなコに、これからそんな過酷な運命が待ってるだなんて……だからこそ、キャリカは傷ついているんだ。
「なあ、ジロー。人は生きてさえいればいいのか? 生きてさえいれば幸せか? ボクにはそうは思えない。キミのいた世界ではそうだったんだろう? 人は自由に生きて、自由に死ぬ権利があって……」
なおも自らを傷つけようとするキャリカに、俺はかぶりを振った。
「なあ、キャリカ。ここは俺のいた世界じゃないんだ。この世界は優しくなくて、誰に対しても等しく過酷で、十歳にならずに死ぬコだって珍しくもない」
いつだったかカーラさんが、セラの運命に憤る俺を諭してくれた。
それと同じことを今度は俺が、キャリカにしてやるべきだ。
「それに比べりゃまだマシさ。少なくともティアは生きてるじゃないか。生きてさえいりゃなんとかなる。どこにいたって幸せは見つけられる。だからこそ俺たちは、自分にできることをするしかないんだ」
「……できること?」
「俺は最初、この世界に来た時に疑問を感じていたんだ。どうして自分なんかが、ちっぽけな料理人如きが転生するんだよって。もっとすごい力を持った、勇者みたいなのを転生させろよって。そうすれば目の前で苦しむ皆を救えるじゃないか。幸せにできるじゃないか。そう思ってた」
未曽有の大豪雪の中、自らの無力に苦しむ俺に、セラは言ってくれた。
『ありがとう、ジロー。ジローのおかげで、みんなこうして生きてるよ』
あのひと言が、俺をどれだけ救ってくれたことか。
「でもまあ、それから色々あってさ。今ではこう思えるんだ。俺の料理は人を笑顔にできる。この先の人生ずっと、そいつの幸せの味として残り続ける。それは救いになるじゃないか。たとえばこれからティアが過酷な運命に苦しむことがあっても、酷い人間関係に悩まされることがあっても、それさえ思い出せれば、ほんの一時、懐かしいあの頃に帰ることができる。そんな料理になるかもしれないじゃないか。そしてそこにはさ、キャリカ、おまえが捌いたも食材も使われていて……」
「ジロー……」
それはたぶん、セラにとっても同じことだ。
あいつと俺の人生が、このまま重なり続けるかどうかは誰にもわからない。
だからこそ、俺は料理を作り続けなければならない。
あいつが孤独になった時に救いとなれるような思い出を、作り続けなければならないんだ。
「ジロー……、キミは……っ」
俺の想定が、ティアだけでなくセラにも及んでいることに気づいたのだろう、キャリカはハッと息を呑んだ。
「もしかして、セラとの未来のことを考えて……?」
おっと、これ以上この話をするつもりはないんだ。
俺とセラのことでまで、キャリカを思い悩ませたくはない。
「はあ~ん? なんのことだかわかんねえなあ~」
なので俺は、肩を竦めてごまかした。
「んーなことよりキャリカ。おまえにも迷惑をかけたな。個人的にはオスカーと呼びたいところだがまあ、しかたねえか。ともかく、ありがとよ」
突然の俺の感謝に、キャリカは目に見えて鼻白んだ。
「な、なんだ急に、ボクは迷惑なんて……っ」
神学院を正式に退学したキャリカはしばらくの間ティアの護衛を続けるが、ティアが公爵家に勤め次第任務を解かれることになるだろう。
ということは、俺たちもそれでお別れ。こうしてふたりでゆっくり話せる機会なんて、おそらくもう二度とないだろう。
だったらここで、言うべきことは言っておかないとな。
なんせまあ、俺たちは色々あったわけだし。
「考えてみれば、おまえとも色々あったよな。出会いは最悪で、バチバチにケンカしてたこともあった。でも徐々にわかり合って、料理番ズとして頼れる仲間にすらなった。なあ、知ってるか? おまえの包丁捌きは俺の世界のプロでもなかなかできないレベルになってるんだぜ?」
「やめろジロー。そんなことを言われると、ボクはなんだか……」
褒めてやっているのにも関わらず、キャリカは苦しそうな顔をして胸元を掴んだ。
「苦しいんだ。なんだかわからないが、胸がすごく苦しくて……」
キャリカなりに別れを察し、辛さを感じてくれているのだろう。しばらくじっと、耐えるように顔をうつむけていたが、やがて意を決したように顔を上げると。
「……ボクにだって、言いたいことはあるんだ」
わずかに濡れたような瞳を俺に向け。
「ボクの方こそ迷惑をかけたとか、料理を教えてもらえてよかったとか。助けてもらったこともたくさんあるし……キミのことを兄様みたいに思っ……ああいや、そうじゃないな。そういうことじゃなくて……っ」
キャリカは自らの額をゴツゴツ叩くと。
「すまない。こんな時まで……ボクってやつは救いようのないほどに不器用で……」
「いいよ、別に。おまえの言いたいことがまとまるまで、気長に待つさ」
そんな風に俺たちが、不器用な別れのあいさつをしていると――
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