「またね」
~~~ティア視点~~~
収穫感謝祭は大盛況のうちに終了した。
昨年度と比較して客足は二倍増。売り上げに至っては四倍増の結果を叩き出したとか。
そして、それには自分たち料理番ズの活躍が貢献しているのだという。
屋台で提供した軽食はもちろんだが、富裕層にターゲットを絞った青空カフェの客単価が最高で回転率もよく、最終的に計上した利益を見て、指導官たちは目を剥いていた。
グランドシスターもご機嫌で、生徒ひとりひとりの頑張りを褒めたたえてくれた。
「まさかわたしまで褒められるなんて……えへへへへ……」
路傍の石ころみたいな自分があのグランドシスターに手ずから褒められる。生まれて初めての栄誉に、ティアの頬は緩みっぱなしだ。
そのおかげだろうか、大変だった後片付けもあっという間に済んでしまった。
外に設置したテーブルやイスなどの大きなものは明日に残すとして、使用した食器類や食材の収納はほぼ完了。
「さ、食堂は大体済んだかな。あとは厨房のほうも確認して……」
「ティア隊員! ティア隊員!」
厨房の方から自分を呼ぶ声がするのでの覗いてみると、セラが「こっちこっち」とばかりに手招きしている。
「片付け済んだらジローがこれ食べていいって言ってたの! サプライズのご褒美だから、ティアにはギリギリまで黙っとけって!」
作業台の上に並んでいるのは銀製の器。そしてその上に載っているのは……。
「あ、アイスクリームですか⁉」
ティアは思わず大声を出した。
お客に提供している時から食べたくてしかたなかった、しかしその値段の高価さから自分には一生手が届かないと思っていた料理が目の前にある。
「で、でもわたしなんかがこんな……高級なものを……」
「早く食べないと溶けるぞって言えってジロがー言ってた! 早く! 早く!」
「え? え? 溶けちゃうんですかあぁっ?」
まずセラが、自分の分をスプーンでひと口。
セラに促されたティアが、そういうことならしかたないと慌てて自分の分をスプーンでひと口。
次の瞬間――
「甘あぁぁぁぁ~い! 美ん味あぁぁぁ~い!」
セラが瞳の中に星を瞬かせながら大絶賛。
「ふわあああ~、舌にからみついたと思った瞬間とろけて消えますうぅぅぅ~⁉」
ティアもまた、頬をピンク色に染め歓声を上げた。
世の中にこんなに美味しいものがあったとは、しかもこんなに見た目が美しくて、食感も楽しくて、食べるのすらもったいないようなのが……。
「早く! 早く食べるんだよティア隊員! でないと溶けちゃう!」
「は、はい隊長!」
アイスが解ける前になんとか食べきろうと考えたふたりが慌ててかき込むと……。
「う……⁉」
「あ、頭がキ~ンとしますうぅぅっ⁉」
冷たさのあまり、ふたりは頭を抱えた。
「こ……これなんですか隊長?」
こんな現象は生まれて初めてだったので、ティアはとたんに不安になった。
あるいはこれこそが、ジローが事あるごとに注意を促す食中毒というものなのではないかと考え、真っ青になったが……。
「うう……そういえばジローが、『冷たいものを一気に喰うと頭がキ~ンとなるからな。あまり急ぐんじゃねえぞ』って繰り返し言ってたの忘れてた……」
「わ、忘れてたんですかあぁ~……」
「うん、繰り返し言ってたのに……早く食べた過ぎて……」
「繰り返し言ってたのにですかあぁ~……」
「ぷっ……」
「うふ、ふふふふふ……っ」
幼稚な行動がもたらした他愛もないアクシデントがツボにハマったふたりは、たまらずに笑い出した。
本当にたいしたことじゃないのに、面白くて面白くてしかたがなかった。
「あははははっ、あ~っ、おかしいっ」
「お腹痛いのに、頭も痛くて辛いですっ。もうどっちを抑えていいのか、うっふふふふ……っ」
「あははははははっ、ひっ、ひいいぃぃい~っ」
「ダメ、死んじゃうっ、死んじゃうっ」
「隊員、これ見てこれっ」
「――ぷぎゅっ⁉」
「ぷ、ぷぎゅだって。ひっひっ、ひいぃぃ~っ」
笑い死にそうなティアに変顔を見せつけ追い込むセラ。
勝ったと思うも、ティアの変な笑い声がツボにハマって死にそうになるセラ。
笑いの永久機関が終わるまで、しばらくかった。
そして――
「……ねえ、隊長」
「ん? なあに?」
さんざん笑い転げたあと、ふたりはどちらからともなく見つめ合った。
「今まで、本当にありがとうございました」
「ん……」
ティアの言葉を聞いたセラはそっとうなずくと、にっと口元を緩めて微笑んだ。
「決めたんだね、隊員」
「はい。わたし、フレデリカ様のところにお世話になります」
つい先日のことだった。初めてティアに会ったフレデリカは、開口一番こう告げたのだ。
『いーい? ティア・ジグムント。あなたはこれから、レーブ公爵家に仕えるの』と。
最初は何を言っているのだろうと訝しんだが、詳細を聞くと納得できた。
まず、フレデリカはレーブ公爵家の三女だ。
レーブ公爵家はリディア王国の中でも有数の権力を持つ貴族であり、同格の貴族が他にふたついる。そしてその者たちは、残らず王家に反抗的であるというのだ。
そこでレティシア姫は、国王派閥であるレーブ公爵家に力を与えバランスをとろうと考えたのだ。
力の内容は、『ドラゴンに変身できる亜人の娘』の発見。
軍事上でも政治上でもとにかくすさまじく強いこのカードを、しかしレーブ公爵が躊躇なく王家に差し出すことで国内での発言力を強め、王家はますますの隆盛を得るだろうという仕組みだ。
ティアとしては、このまま無所属でいるにせよ、一時的に公爵家に属するにせよ、最終的に王家の持ち物になることに変わりはない。
だが後者なら、少なくとも『成長して大人になるまで』の時間的猶予が与えられるとのことだった。
自分の将来のことすら決める権利のないティアにしてみれば、その時間はまさに黄金。人生最後の自由時間だ。
「ちなみに研修があるとかで、来週からさっそく行くことになったんですけど……」
「来週……」
それはつまり、神学院を退学するという意味でもある。
研修を行うのが公爵家のカルナックの別荘である以上、顔を合わす機会がまったくなくなるわけではない。しかし半年後にセラたちは卒業し、ザントに帰ることが決まっている。
「いいの? 嫌だったら行かなくても……」
「……ホントは、行きたくないです」
セラに対し、ティアは自身の気持ちを隠さず伝えた。
隠したってバレるだろうし、もう彼女にはウソをつきたくない。そう思ったから。
「ホントは、このまま卒業したいです。その後は隊長とジローさんと一緒にザントに行きたいです。一緒に勉強して、奉仕活動をして、料理番としても働いて。夜には隊長とお喋りしたいです。夏には川で泳いで魚を獲って食べて、冬になったら隊長と一緒に雪にお砂糖かけて食べたいです。そんで食べ過ぎてお腹壊してジローさんに怒られたりして……。でも……」
それがわがままだということを、ティアは知っている。
さすがにザントまでキャリカは着いて来てくれないし、ザントの人員では何かあった時にティアを守れない。
それに引き換えレーブ公爵家の庇護下ならば、身の安全は保証される。別荘地とはいえ公爵家の守備力は整っているし、なんらかのアクシデントがあってティアの存在が早期にバレたとしても、そのタイミングで『ドラゴンに変身できる亜人の娘』発見をしたことにすればいいので問題にはならない。
「これ以上みなさんに迷惑をかけるのは嫌だし……怖いです」
「別にセラたちは……」
迷惑になんて思ってない、そう言うつもりだろう。
だからこそ、機先を制してティアは言った。
「わたしが嫌なんです。ただでさえ嫌いな自分を、そうなったら絶対に許せなくなっちゃう。だからわたしは、メイドになります。そしてそのうち、王家に仕えます」
怖いのはたしかだ。
公爵家のメイドなんて大変な仕事だろうし、亜人のくせに生意気だってイジメられるかもしれないし。
時期がきて王家に差し出されたら、想像もつかないぐらいに過酷な扱いを受けるかもしれない。
絶対ひどい目に遭わせないとレティシア姫は約束してくれたけれど、約束はあくまで約束で……。
でも、ティアは決めたのだ。
「隊長、これでお別れじゃないですよ。きっと、わたしたちはまた会えます。だって、隊長には『癒しの奇跡』があるし。いつか王都で……って、もちろんその場合は隊長が聖女様になっちゃうってことですけど……」
聖女になることが、セラにとって幸せなのかどうかはわからない。
それはもしかしたらジローとの離別を意味するのかもしれないし、だったらあまり……いやかなり、最悪の結果には違いない。
だけど、これを永遠のお別れとするには寂しすぎるから、悲しすぎるから。
ふたりは仮初めの約束を交わした。
「うん、またね。ティア隊員」
「はい、隊長っ」
セラがティアの頭を抱えるようにして抱きしめ、ティアはセラの胴に手を回した。
ギュウと抱きしめ合い、しばらく離さなかった。
寂しさを、不安を噛みしめながら。
カルナック平野のただ中に立つ神学院の、半年間毎日働いた厨房で、ふたりはずっと抱き合っていた。
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