「追い詰められて」
~~~ティア視点~~~
カルナックの街を脱したティアは、しかしすぐに行き先に迷った。
土地勘がないのでどこへ行ったらいいかわからず、また他の街にたどり着いたとしてもどうやって生きていけばいいかわからない。
持ち金はなく、家も仕事もない、修道院に入ればおそらくすぐに身バレする。
悪党になる勇気などはもちろんなく、ならば物乞いでもするしかない。
「それはさすがにやだなあ~……」
悩んでいるうちに、お腹が空いてきた。ドラゴンになっていつもよりエネルギーを消費しているせいだろう、ぐぎゅるううぅぅっとばかりに激しく鳴った。
「やっぱりこの姿は疲れるなあ~……」
たまらずティアは、変身を解除した。
地面に降り立ち、ひと休みしながら善後策を練ろうと考えた。
が――
「うう、お腹減った……。喉乾いた……」
カフェで出されたお菓子を口にしていないのが悔やまれる。
喉はカラカラ、お腹はペコペコ。すぐにフラつき、倒れそうになった。
「あれは……食堂……?」
山間を抜ける街道の端に、ポツリと小さな店がある。
旅人に軽食を提供するタイプの食堂で、カルナック市街を見下ろせる眺望が人気の店だ。
店の前に置かれたメニューには……。
「焼きたてのマフィン、燻製サーモン、濃厚ヤギのチーズを挟んだベーグル……」
厨房から漂う匂いも香ばしく、よだれがダラダラ止まらない。
「なんだいあんた。食ってくのかい?」
「いや、その、あの……っ」
肝っ玉母ちゃんといった風情の女店主に声をかけられたティアは、慌てて手を振りごまかした。
「ただ眺めてただけです。その、はいっ」
しどろもどろにになっているティアの格好を――修道服をジロジロと眺めてくる女店主の視線に耐えられなくなったティアは、逃げるようにその場を去った。
その後もティアへの拷問は続いた。
農家の庭先に吊るしてあるアヒルの燻製、栗やキノコなどの収穫物、畑一面に広がるレタスにホウレンソウ。どれもこれも美味しそうだ。
「美味しそう……美味しそう……」
ぐぎゅるううぅぅっとお腹を鳴らしながらもティアは耐えた。
「ダメだよ、いくらお腹減っててもダメ。人のものだもん」
どれだけ飢えても辛くても、他人様のものに手をつけてはいけない。
持って生まれた純粋さと、修道女として受けた正しい教育のおかげで、ティアは盗みをせずに済んだ。済んだがやはり、辛かった。
偶然見つけた川で水を飲みはしたが、空腹は納まらない。小魚が泳いでいるのを見て捕まえようとしたが、どうしても捕まえられずにいるうちに体力を減らし、とうとう一歩も動けなくなった。
「もうダメ……動けないよお……」
目が回る。手足に力が入らない。
ティアは、その場に座り込んだ。
やがて背中をまっすぐに保つこともできなくなって、倒れるようにうずくまった。
「……あれは?」
地面と平行になった目線の先に、広く大きな畑が見える。
藪の下から覗いたそれは、まぎれもなく神学院の保有する畑だった。
遠ざかろうとしていた場所に、巡り巡って元に戻って来てしまったのだ。
「そっか、ここにつながってたんだ……」
一瞬ほっとし、胸にじわりと安堵が広がったが、それはすぐに冷たく霧散した。
そうだ、神学院に着いたからなんだというのだ。
自分は逃亡者、今さら元に戻ることなどできはしない。
もし戻ったとしても、王国軍に捕まり処刑される。もしティアを匿おうとする者がいたなら、その者も共に処罰される。
「帰れない……よねえ……」
もう少し歩けば帰れる。にもかかわらず帰ることができない。
喉はカラカラでお腹はペコペコで、なのに助けを求めることができない。
「……ぐす」
ティアは泣き出してしまった。
もうすぐ手に入るはずだった幸せが逃げていってしまった。それが悲しい。
皆が和気あいあいと暮らしていく中で自分は空腹と疲労に苛まれ、果てのない逃亡と孤独の中で生きていく。それが辛い、寂しい。
「やだよおぉ……そんなのやだぁ……」
嘆いていると、ガサガサと茂みをかき分ける音がした。
誰か来たのかと思い顔を巡らすと、そこにいたのはスカーフェイスとその仲間たちだった。
「おー、こんなとこにいたのかい」
森の中を踏破して来たのだろう、スカーフェイスたちの服は草まみれ、手にしている鉈にも草汁がべったりとくっついている。
「全員で手分けして聞き込みした甲斐があったねえ~。やっぱりこういうとこに手を抜いちゃダメだよねえ~?」
スカーフェイスの呼びかけに、黒服たちは「おう!」とか「そうっすね!」などと元気よく答える。
「ウソ……ウソ……」
「ウソじゃありませ~ん、現実でえ~っす」
いやいやと首を横に振るティアの前にしゃがみ込むと、スカーフェイスはイヒヒと実に楽しそうに笑った。
「というかさ、こんな金の卵を逃がすわけないでしょ? 常識で考えようよ」
「うう……」
「言っとくけど、変身して逃げようったって無駄だからね? 今度逃げたら大事なお友達をひとりずつ刻んでいくから。わかってると思うけど、脅しじゃないから」
「そんな……っ⁉」
ティアの全身から血の気が引いた。
それでは逃げても意味がない。
セラを、自分の大切な人を守りたくて変身したのに、それではまったく無駄だったことになる。
「そっか……やっぱりダメなんだ」
ティアは絶望した。
改めて過酷な現実を突きつけられ、神の不在を知った。
そうだ、泣いてもわめいても、祈ったってどうにもならない。
ならば、自分にできることはただひとつ。
「お願いだから……許してください……」
スカーフェイスに土下座した。
足が上手く動かなかったのでべちゃりと潰れたような惨めな格好になったが、精いっぱいの誠意を込めた。
「わたしはどうなってもいいです。でも隊長は……みんなは関係ないので見逃してください……」
「おうおう、素直になったねえ~。いいよいいよ~っ」
ティアの殊勝な態度を見て、スカーフェイスはご機嫌になった。
ティアの頭に生えている短い角を引っ張ると……。
「おまえみたいな異形はさあ、人間様の言うことを聞いてりゃいいんだよ~。死ねっつったら死んで、体を差し出せっつったら差し出しせばいいんだよ――ゴボオッ⁉」
話の途中で、スカーフェイスの体は宙を舞った。
二転三転と空を切り、灌木にぶち当たるようにしてようやく止まった。
「え……?」
なにが起こったかわからず顔を上げたティア。
涙のせいで滲んだ視界をぐいと拭うと、そこにはジローが立っていた。
「待たせたなティア。怖かったろ? だけどもう大丈夫だ。俺が来た。これ以上おまえに、指一本たりとも触れさせねえ」
彼女が産まれて初めて出会った、頼れる大人がそこにいた。
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