「思ってもみなかった事態」
~~~セラ視点~~~
思ってもみない事態に驚いたのは、なにもジローだけではなかった。
当事者の傍らにあったセラもまた、驚天動地の念を抱いていた。
まずは出会いからだ。
帽子をかぶりステッキをついた身なりのいい夫妻が近づいて来たなと思ったら、まさかのティアの両親だと名乗り、一度は捨てたがもう一度寄りを取り戻したいという。かつてのそれは間違いであり、自分たちの気の迷いである。だからどうか、許してほしいと。
伏して願うほどのふたりの勢いに、最初は引きぎみだったティアも徐々にほだされていった。
だが――かつて同じ目に遭ったことのあるセラとしてはなんともうさんくさいと考えた。
本当のこの人たちはティアの親なのか、ティアの幸せを願っているのか。
だから行動を共にしようと考えたのだ。
最初に違和感を感じたのは、カフェの雰囲気だった。
カルナックの表通りから一本入ったところにあるそのカフェは薄暗く陰気で、自分たち以外の客はいなかった。決して忙しい時間帯でないとはいえこの客の入りではと、まがりなりにも『湖畔亭』で店舗経営を経験したセラは不審に思った。
店主の様子もおかしかった。終始何かに怯えているようで、それがまた店の雰囲気を暗くしていた。
極めつけは出された飲み物だ。ハーブティーがやたらと濃かったのだ。
ジローの世界の古いレシピを教わっている、かつ犬並みに鼻のきくセラにとっては耐えがたいほどに匂いが強く、味は塩を入れているのではないかと疑ってしまうほどに塩味が濃かった。
きっとこのあと甘いケーキが出てきて、それでバランスをとるのだろうと自分を誤魔化しつつ飲み進めたが、けっきょくケーキは出てこなかった。
結果としてセラは急激な眠気に襲われ、テーブルに突っ伏すように眠ってしまったのだ。
「……うっ、……隊長っ」
セラが目覚めたのは、揺れる馬車の中だった。
「隊長っ、目が覚めましたかっ?」
硬い椅子の上に寝ているセラの顔を、ティアが覗き込んでいる。
「ごめんなさい、わたしのせいで……っ」
顔色が真っ青なのはセラを心配したせいもあるが、自身もまた眠り薬を口にしたせいだろう。押せば倒れそうなほどに疲弊しているようだ。
「まさかここまでするなんて……眠り薬を使うだなんて……」
「……ちょっと待ってて」
半泣きになっているティアの顔に手を当てると、セラは意識を集中――小さな手のひらから光を放つと、ティアの体調不良を回復させた。
「……ん?」
力を吸い込まれるような違和感を感じたが、とりあえずは無視した。愛すべき隊員の体調が良くなれば、とりあえずはそれでいい。
一方驚異的な速度で体調不良が回復したティアは「これが『癒しの奇跡』……すごいっ」と驚きに目を見開いたが。
「た、隊長は? 隊長自身には使わないんですか?」
「よくわかんないけど、自分には使えないの」
「そんなあぁ……っ」
ショックを受けるティアはさて置き、セラは馬車の外を眺めた。
高速で走る馬車は、どうやらカルナックの街外れを走っているらしい。物資の集積所があり、荷運びに従事する人たちが住まうゾーンで、あまり治安のよろしくない場所なのだとジローが言っていたのを覚えている。だからおまえは絶対近寄るなと。
「そっか……セラたちは……」
そこでようやく、セラは自分たちが誘拐されたことに気づいた。
「ごめんなさい、わたしのせいで……」
ティアは悔しそうに頭を下げる。
「ここまでするなんて思ってなかったです。わたしが嫌だって言ったら諦めるとばかり……。まさか無理やり攫おうとするだなんて……」
「ティアはおかーさんやおとーさんと暮らすの嫌なの?」
「嫌ですよ。だって、あの人たちわたしを捨てたくせに。やっぱり必要になったかって手のひら返しで、もう一度一緒に暮らそうだなんて。勝手すぎるじゃないですか」
「……仲良くなかったんだ?」
「ひどかったです。いつも殴られて、蹴られて。ご飯だって、あんまり食べさせてくれなくて……」
「そっか、わかった」
セラは今でも、家族の元に帰りたいと願っている。家族と過ごし、日々一緒に笑い合いたいと願っている。
だけどティアはそうではないのだ。
ティアにとって家族は恐怖の対象であり、セラやジローとザントで暮らすことこそが、人生最大の望みなのだ。
捨て子同士だからこそわかり合えた自分たちが、けれどまた捨て子同士だからこそわかり合えない。言うならば人生の妙といったようなものを、セラは幼いながらも理解した。
理解した上で、即座に行動に移した。
「――飛び降りよう」
言うなり、セラは立ち上がった。
馬車の扉に手をかけ、開けようと試みた。
「ちょ、ちょっと隊長っ?」
「ここから飛び降りて、逃げよう。大丈夫、ティアの傷はセラが治すから」
「ダメですよダメですよっ、隊長自身の傷は治せないってさっき自分で言ったばかりじゃないですかっ!」
「大丈夫、気合いで」
「だいじょばないですって! こんなに早い馬車から飛び降りたら、下手したら死んじゃいますって!」
「でも、このままじゃ……」
セラはがんばって扉を開けようとしたが、どうやら外側からでないと開かない仕組みのようだ。はて、どうしたものかと悩んでいるうちに、徐々に馬車の速度が落ちて来た。
「あ、止まる? 止まりそう? じゃあ扉が開いた瞬間飛び出そうっ」
「気持ちはわかるけど危ないです、危ないですからっ」
眠り薬の副作用が薄れ元気になったセラが、持ち前の負けん気でシュッシュッとばかりにパンチを打つ真似をしていると――馬車は物資集積所の中で止まった。
「あら、もう目覚めたのね。お友達ともども、元気なことで」
「どうせなら最後まで寝ててくれりゃよかったんだがな」
吐き捨てるように言いながら、ふたりの男女が扉を開けた。
歳の頃なら三十半ば。みずぼらしい服を着た目つきの悪いふたりはアランとメリダ。
かつてティアを捨てた毒親で……。
「むむ? 思ったいじょーのたいぐんがっ?」
「これ……何? なんでこんなに人がいるの?」
セラとティアを待ち受けていたのは、黒服で身を固めた、無数の男たちだったのだ。
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