「喪失②」
神学院から緩やかな斜面を駆け下り、おおよそ十分も走ったところで、カルナックの市街地へと入った。
最悪なことに、街中にはこれ以上ないほどに不穏な空気が漂っていた。
具体的には道行く人々が不安そうに視線を動かし、小声で何ごとかを話し合っている一方で。
街の衛兵が慌ただしく走り回り、警戒の声をそこかしこで交わし合っていたんだ。
「セラ!」
かつてのように、俺は叫んだ。
セラが雪崩に襲われたのではないかと思い、ザント修道院へ続く参道を駆け降りた時のように。
「セラ! 返事をしろ!」
前回は、セラが俺の名を呼んだ。
自分はここにいるぞと、自分ではなくランカとレオナが雪崩に呑み込まれたんだと教えてくれたんだ。
「セラ!」
だけど今回は、それがなかった。
「セラ!」
俺の声に答えたのはセラではなく――
「ジロー! ジロー!」
目尻に涙を浮かべながら飛びついてきたのはドロテアだ。
「ごめんなさい! わたしがついていながら……!」
「……ドロテア? なんだ、どうして泣いてる⁉ セラはどこだ⁉」
「ごめんなさいごめんなさい……!」
「落ち着け! とにかく落ち着いて説明を……!」
なんとかなだめようとするのだが、ドロテアの混乱は納まらない。
「落ち着けジロー、ドロテアが痛がっている」
俺の肩を叩いてきたのはオスカーだ。
「あ……悪い。ごめんな、ドロテア」
いつの間にかドロテアの肩を強く掴んでしまっていたことに気づき、俺は冷水を浴びせられたかのような衝撃を受けた。
この俺が子供の体を痛めてしまうなんて……いや、今はそれどころじゃない。
反省も、謝罪も、あとでいくらでもしてやる。
今はただ――
「オスカー、セラは今どこにいる?」
ストレートに訊ねると、オスカーはわずかに顔をしかめた。
まるで、痛いところを突かれたとでもいうかのように。
「……なにかあったのか?」
拳を握り、今すぐ声を出して暴れたい気分を抑え込みながら訊ねると。
「行方不明になった。セラとティア、ふたりともいなくなった」
「ゆくえ……ふめい……?」
一瞬、目の前が真っ暗になった。
なんてこった、恐れていたことが現実になっちまった。
――ジロー! ジロー! ここだよ! セラはここにいるよ⁉
あの時あんな風に言って俺に抱き着いてきたセラは、もういないのだ。
「……っ」
膝から力が抜け、崩れ落ちそうになったが、ギリギリのところで俺は耐えた。
「状況を……聞かせてくれ」
唇を噛みしめながら、必死に冷静さを保ちながらオスカーの説明を聞いた。
「ティアの両親に誘拐された……か」
セラたち五人がウインドウショッピングをしている最中、ふたりの男女が声をかけてきた。
ふたりはティアの両親を名乗り――いや実際そのとおりで、ティアは大層な驚きようだった。
かつて自分を捨てたくせに今さらどの面さげて会いに来たのか……とはさすがに言わなかったようだが、嬉しさと驚きと怒りと呆れと。それらがないまぜになったような顔をしていたそうだ。
「向こうはどうしてもティアと話がしたいとのことだった。非礼を詫び、やり直せたらといったようなことも口にしていた」
自らの判断を悔いているのだろう、オスカーは顔を青ざめさせながら当時を振り返る。
「家族同士の話だ。本来なら他人が口出しすべきではない。どころか、話を聞くことすら控えるべきだ。そう思ってしまい……」
オスカーはティアに行動の判断を委ねた。
結果としてティアはセラの手を取り、セラは隊長として、親友としてティアと行動を共にした。
それ自体は間違いじゃない。冷静で、良識ある判断だ。
問題は、相手の行動が想定外すぎただけ。
「話し合いに使っていたカフェの外でしばらく待った。しかしいつまでたっても出て来ない。怪しんで踏み込んでみると、ふたりは店の裏口から連れ去られたあとだった」
「……店主や店員は? 何も見ていないのか?」
「年老いた店主ひとりでやっていたカフェだった。その店主は暴力で脅されていて、ボクたが踏み込んだ時にはカウンターの陰にうずくまり、ただただ怯え、震えていた」
「……たかだか娘ひとり取り戻すために、そこまでしたってのか?」
一般人に暴力を振るい、一緒にいたセラごと誘拐したって?
「なあ、逃走手段は? 小さいとはいえ子供ふたりを抱えてるんだ。歩きじゃ難しいだろう」
「馬車だそうだ。二頭立てで黒塗りの、よくあるやつだ。カルナックは観光用のがそこら中を走り回っているせいもあって、目撃者の証言から行方を絞るのは時間がかかりそうだ」
「ちっ、準備のいいこって……いや、あまりにもよすぎるか?」
店主を脅した手口といい、明らかに一般人の取る手段とは思えない。
出がけにマシューが口にしていた盗賊団に関係している説も、冗談と笑い飛ばすわけにはいかなそうだ。
しかし、そこまでするのはなんでだ?
ティアを攫ったのが実の両親なら、身代金など狙えるはずもない。
ならばもともとセラ狙いだったのか?
どこかで『癒しの奇跡』について耳にして、それでとか?
だが、それだとティアをダシに使う必然性がない……。
「……ティア、いったい何者なんだ?」
未だ行方の知れぬセラと、事の発端になったティアを思いながら、俺はひとりつぶやいた。
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