「グランドシスターの決定」
「……なるほど、わかりました」
場所を移し、グランドシスターの執務室。
俺たちの口よりティアの事情を聞き終えたグランドシスターは、開口一番こう言った。
「その者たちを、ぶっ殺してやりましょう」
机の上で手を組み、にっこり慈愛に満ちた笑みを浮かべて。
その職掌にふさわしくない、あまりにも殺伐とした文句を吐き捨てた。
「今すぐカトル修道院に乗り込んで、全員さらし首に……」
「ちょ、ちょちょちょっとグランドシスター⁉」
あまりにも強い口調だったので、俺は慌てて止めた。
いやいやさすがに、誰もそこまで望んじゃいないって。
グランドシスター自らによる信徒の大殺戮なんて、歴史的大事件になっちまう。
「相談した俺が言うのもなんだし、気持ちはまったく同じですが、さすがにそこまでは……っ?」
俺の必死の形相が面白かったのだろうか、グランドシスターはくすりと笑うと。
「いやですねえジローさん、もちろん冗談ですよ」
ひらひら手を振っているが、まったく冗談には聞こえないんだよなあ~。
普段温厚な人がキレるのが一番怖いというか、一番ヤバいというか……。
「ですが、このまま無罪というわけにもいかないでしょう――ねえ、ティア?」
「は、はいいぃっ⁉」
グランドシスターの底知れぬ迫力にビビっていたティアが、びくんっと飛び跳ねるように気を付けした。
「詳しい事情については後ほどうかがいます。あなたにとっては辛い作業になるかもしれませんが、よろしいですか?」
「も、もちろんですっ!」
「大丈夫です。絶対ただでは済ませませんから。断固たる対応を行い、どうして自分がそんな罪を犯してしまったのかを悟らせ、その上で死ぬまで悔いるような償いをさせてみせますから」
「ぴいいいぃぃっ⁉」
グランドシスターというのは、職位としてのシスターの最上位に位置する役職だ。
多くの教会管区を統べる大司教にも匹敵する格であり、宗教団体としてのルキウス教の全体の方針にすら意見を述べることが許されている――つまりはまあ、相当に偉い人だ。
そんな人が口にした『断固たる対応』なのだから、いじめの加害者連中がただで済むはずがない。
宗教ってこういう時ガチだし、本気で死んだ方がマシな目に遭わせられるんじゃないだろうか。
つまりある意味、ティアの復讐は成ったと。
「グ、グランドシスター。さらにお願いがあるんですが……っ」
グランドシスターの怒気に皆が凍りついている中、俺は頑張ってお願いを続けた。
「わかってますよ、ジローさん。ティアをザント修道院に、というのでしょう?」
「おお、さすが話が早い」
凍りついていた皆は、驚きのこもった目で俺を見た。
「ええ、その通りです。問題が解決したのだとしても、元の修道院に戻るのはティアが気まずいでしょう。だって、直接いじめに加担したのではないにしても、見て見ぬふりをしていた連中を心の底から信じられるわけがない」
かといって、そいつらまで含めた全員を罰するわけにもいかない。
そんなことをしたら、カトル修道院そのものがこの世から消えてしまう。
そこで第二の作戦だ。
ほら、いじめ被害者が転校するみたいな感じでさ。
「ならば住む家を変えればいい。ティアがいた南とは縁の薄い北の修道院を。人事的交流がそもそも少なく、冬場は雪に閉ざされるザント修道院付きになれば、ティアの心は救われる」
「ジローさん……っ?」
「ホント⁉ ホントにいいの⁉」
ティアの言葉をかき消すように、セラが大きな声を上げた。
「ティア隊員も一緒に帰れるの⁉ 離れなくていいの⁉ ねえおばーちゃん! ホントにホント⁉」
「おいやめろグランドシスターをおばーちゃん呼ばわりするな」
失礼な発言をし始めたセラを止めようとしたが、やっぱりというか勢いがついたセラはなかなか止まらず、グランドシスターの服の袖をぐいぐい上下に引っ張っている。
「え、ええ、一緒ですよ。ティア、もちろん、あなたさえよければですけれど……」
セラに絡まれたせいで息も絶え絶えになりながらも、グランドシスターはティアに言った。
「わたし……わた、わたし……っ」
一方のティアは、今目の前にしている事実が信じられないといった風に、口に手を当てた。
だが、徐々に徐々に確信が持ててきたのだろう、顔を赤く染めると……。
「ホン、トに……そんなこと、しても、らって、いい、んですか?」
つっかえつっかえしながら言葉を口にし、涙で顔をぐしゃぐしゃにし。
「だったら、それ、が、い、い、です。隊長と、ジロさんと、一緒に……っ」
感動、感謝、感激、安堵に希望。
言葉では言い表しきれない複層に渡る感情に呑み込まれたティアは、たまらずその場に座り込んだ。
「わた、し、ずっと……っ、いっしょに、いたい……っ」
皆が退出した後、俺だけがその場に残って話を続けた。
ティアの処遇の大枠は決まったので、あとは実務的な話だ。
ティアの所属していたカトル修道院の修道院長と、今後ティアが所属することとなるザント修道院の修道院長との話し合い。具体的な連絡方法とその時期と……。
「ちなみに自分で言っといてなんなんですが、所属替えって簡単にできるもんなんですかね?」
「もちろんですよ」
俺の疑問に、グランドシスターはあっさりと答えた。
「制度的には『そうせざるを得ない確固たる理由』があればよく、今回はまさにそのケースでしょうし……」
組んだ手の上に顎を載せると、ニッコリ微笑み――
「イーラもハインケスもこの学院の出身で、わたしが直接指導をしてあげたことがありますからね。絶対に文句は言わせません」
「そ、そうですか。そいつはよかった……」
純真で人のいいおばあさんといったいつもの笑みとは違う、奥に激しい怒りを秘めた笑みにえも言われぬ恐ろしさを感じた俺は、掌に浮かんだ汗をズボンに拭ってごまかした。
「それじゃあ話もまとまったようなので、俺はいったん退席させていただいて……」
「ジローさん」
そろーりそろりと退出しようとした俺を、グランドシスターが呼び止めた。
「お願いですから、わたしのことを怖がらないでくださいね? 他の子たちにもそのように伝えてください。今回のことでギクシャクしてしまうのは嫌ですから」
ちょっと怒りすぎたと反省しているのだろうか、グランドシスターは物憂げな目をしている。
「そりゃあもちろんです。というか、そんなことあるわけないですよ。あいつらみんな、グランドシスターのこと大好きですし。今回のことにしたって、グランドシスターの反応は『我が子のために怒る母』そのものでしたから」
たしかに激しかったし、俺ですらビビるほどのものだったが、そこをはき違えるようなことはしないはずだ。
「そうですか。それならよかった……」
明らかにホッとした様子のグランドシスターに……。
「むしろ今まで以上に好きになってくれたと思いますよ。セラなんか毎日遊びにくるかも……って、それはさすがにグランドシスターの身が危険ですが……」
「あらあらまあまあ、それは楽しそう……だけど、たしかにちょっと怖いわね」
今までのセラとの肉体的接触の数々を思い出し、苦笑いするグランドシスター。
「……っ」
小さな体にふんわりとした白髪、好奇心の輝く瞳、笑うと目もとに優しいシワの寄る、かわいらしいおばあちゃん。
日なたにたたずむグランドシスターの姿に実の祖母を――家庭が崩壊し、ひとりきりとなった俺を養ってくれた田舎の祖母の面影を重ねてしまった俺は、束の間胸を痛めた。
「……ゴホン。ま、まあそん時は俺も一緒に来ますから安心してください。なんとしてでも止めてみせますから」
グッと拳を握って決意を告げると、グランドシスターは嬉しそうに笑ってくれた。
「ではまた――」
今度こそ部屋を辞しながら――俺は内心、自分で自分にツッコんでいた。
いくらもう会えないからって、他人様を自分の祖母の身代わりにしてんじゃねえよと。
頭をグシャグシャにかきむしりながら、おおいに照れてた。




