「開放祭三日目」
最終日の三日目は、ブラガンさんの杞憂を吹き飛ばすような大快晴。
そして、前日にも増しての客の入りだった。
新聞記事を読んだ人、口コミを耳にした人に加え、二度と同じ料理を味わえないかもしれないと考えたリピーターまで加わって、その勢いはまさに怒涛。
朝から晩まで休みなく働き続けた結果、俺たちの稼ぎは昨日よりさらに多い金貨三十五枚(!)。上方修正以上の合計六十枚を叩き出した。
借金はもちろん一撃返済で、今後の運転資金の心配もない、まさに完全勝利。
「くそっ! くそがっ! なんでだっ! なんでこんなことになったんだっ⁉」
喜びに沸く俺たちとは裏腹に、ジャックは地団駄踏んで悔しがった。
普通に考えれば借金を利息付きで返済してもらえたら喜んでもよさそうなものだが、べニアさんを自分のものにしようと狙っていたスケベ男にとっては我慢がならない結果だったのだろう。
同じ男としてはなんとも情けない話だが……。
「ボス、俺たちがなんとかしましょうか?」
「こんなオンボロ食堂のひとつやふたつ、どうとでも……」
いかにも荒事の得意そうなチンピラ二人が、ジャックに怪しげなことを囁いている。
「ちっ……こりゃあ面倒な展開になるかあ~?」
これは最悪乱闘になるかもなと、俺は腕まくりをして備えた。
この性格と悪人面のせいもあり、料理学校時代から色んなアホに絡まれることの多かった俺だ。ケンカの経験はそれなりにある。
正面から戦えば負けない自信はあるが、セラたち子供たちを守りながらというのは少々厳しいか。
そんな風にプレッシャーを感じていると……。
「……ほう、やるなら構わんぞ? このボクが相手になってやろう」
俺の後ろからずいと出て来たオスカーが、冷たい目でチンピラどもをひとにらみ。
触れれば切れんばかりの凄まじい眼光に気圧されたのだろう、チンピラたちはたちまち戦意喪失。冷や汗をかきつつ後ずさっていく。
「おまえら、そんなガキひとりに何を怯えているうぅぅぅう……っ?」
言葉の途中でチンピラたちが後ずさった理由――『オスカーの迫力』に気づいたのだろう、ジャックは真っ青になって膝を震わせ始めた。
「な、なんだこのヤバい奴はっ? 王都の暗部にだってこんなのはいないぞっ?」
暗部……俺の世界でいうところのマフィアとか半グレってとこだろうか。
なるほどこいつらの目にはオスカーが、暴力をもって相手を制圧して利益をせしめる集団の、武闘派の急先鋒みたいに見えると。
「だ、誰が暗部の人間だとっ⁉ この……なんたる侮辱っ!」
俺の予想通りだとしたら、オスカーはある種の国家機関の息がかりだ。
憲兵とか騎士とか、あるいは特務騎士とか?
よくはわからんが、ともかくそういう正義を守る側の人間だと踏んでいる。
そして、だからこそだろう、オスカーはジャックの決めつけにことさら腹を立てた。
歯ぎしりし、拳を握りしめると……。
「……ぶっ殺す! 絶対殺す!」
「おいやめろやめろ」
鬼気迫る勢いでチンピラたちに詰め寄ろうとするオスカーを、俺は羽交い絞めにして止めた。
いやもうね、まさか湖畔亭を血の海にするわけにはいかないからさ。
などとわちゃわちゃやっていると……。
「うう~……わんっ! わんわんわんっ!」
突然吠えたのはセラだ。
ホウキを手に持ち、チンピラたちに向かって盛んに威嚇している。
「べニアさんを好きにはさせないよ! 女の子をお金で自由にするなんて! 絶対しちゃいけないことなんだから! はらすめんと的なあれなんだから!」
十一歳の女の子が放つセリフじゃないが、俺だけは知っている。
その言葉の底に漂う説得力を。
五歳の頃に親に売られた経験を持つこいつだからこそ築き上げた、人生観を。
「セラ……大丈夫、もう大丈夫だ。落ち着け」
「ふー……! ふー……!」
毛を逆立てて怒っているセラの背を撫でてなだめているうちに、ジャックとチンピラは逃げるように出ていった。
これ以上モメても益なしと判断したのだろうが……。
「わかったか? 危機は去ったんだ。ここにはもう、女を金で買おうなんて奴はいないんだ」
「ふー……! ふー……!」
「大丈夫だ、セラ。べニアさんはどこにもいかない」
「……うん、……うん」
辛抱強く声をかけていたおかげもあってか、セラは徐々に落ち着いてきた。
逆立っていた髪も元に戻り、呼吸も顔の赤みも正常に戻った。
「そっか……うん、よかったね。セラたちは勝ったんだ?」
「おう、その通り」
「やった! やったねジロー!」
すっかりいつもの調子に戻ったセラは、にぱあっと笑顔を浮かべて手を挙げた。
俺はそこに、すかさずハイタッチ。
そんな俺たちの様子を見たみんなが、わあっとばかりに集まって来た。
ティアが、マックスが、オスカーが、ブラガンさんとべニアさんが。
声をかけ合い、ハグをし、とにかく喜びを全開で分かち合った。
そんな俺たちの様子を窺っていた新聞記者の皆さんが、いそいそとメモを取り始めた。
イラストレーターだろうか、中には俺たちの様子を描いてる人もいた。
「わ、セラたち絵にされてる?」
「ああ、そうだな。きっと新聞にでも載るんじゃねえか?」
「じゃあジローと一緒に書いてもらわないとっ。結婚前のきちょーな一枚を記録に残しておかないとっ」
「はいはい、寝言は寝て言おうなー」
「もうっ、寝言じゃないよおっ!」
幸せが、安堵が、歓喜が充満したその空間の中――しかしひとりだけ涙を流した人物がいた。
「うっ……うっ……」
「……ティア、どうした?」
泣いているのはティアだ。
ボロボロ、ボロボロ。とにかく尋常じゃない涙の量だ。
最初は嬉し泣きかと思ったが、どうも違う。
表情が険しく、痛々しすぎる。
「わたし……わたし……っ。帰りたくないですっ。修道院に戻りたくないっ、このままずっとここで……っ。それ、は、ダメ、でしょう、かっ?」
とにかく控え目で、常に裏方に徹してて、万事につけ自分より他人を優先するティアが、およそ初めてと言っていい自我を見せた。
指が白くなるほどの力で修道服のスカート部を握りながら、元の修道院に戻りたくないと言い出した。
「ティア……おまえ……」
その瞬間、俺は初めて理解した。
ああそうか……聖マウグストゥス神学院。
各地に広がる修道院から将来有望な子供たちを集めて作った教育機関での生活は、もう残り半分を割っているんだ。
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