「開放祭二日目」
「うおおおー! 昨日よりもすごいお客さんだよー⁉」
「ぴゃあああああーっ⁉」
開店と同時に押し寄せた観光客の群れに、セラが驚きの声を、ティアが悲鳴を上げた。
「マジかマジかマジか……こんなの予想してなかったぞっ」
「……ふん、この程度で慄くな。男ならドンと構えていろ」
マックスは足を震わせ、オスカーは平静を保つためだろう静かに包丁を研いでいる。
「お父さん……こんなの予想外だよ、どうしようっ?」
「ひえぇぇぇ……っ」
ブラガンさんべニアさんの親子は半泣きになりながらもこの状況――想定の倍以上のお客に挑んだ。
捌ききれないほどの注文量。
洗いきれないほどの皿の量。
店に入りきれない待ち列の処理。
それらが次から次から連続して押し寄せてくるんだ。
慣れていない人間にとってはまさに地獄だろう。
昼食時を超え、夕飯時を超え、その日の営業が終わる頃にはみんなへとへとで……。
「くー……くー……」
ティアは椅子の背もたれにしがみつくようにしながら眠りこけ。
「へ……へん、このぐらいでなんだ。オレなんか全然平気でなあ……ガー、スー、ピー」
マックスは喋ってる最中に寝落ち。
「こ、この程度がなんだっ。戦場においては常に死の危険と隣り合わせで……っ。疲労と睡魔が最大の敵で……っ。ボクなどはその点慣れているから……っ」
オスカーはオスカーで疲れているのだろう、混乱して軍事上の機密(?)みたいなことを口走っている。
「……すいませんね、ジローさん。わたしどものわがままにつき合ってもらって。その上ここまで働いてもらって」
「いえいえ、平気ですよ。他はともかく、俺は少なくともこれが本職なんで」
べニアさんもテーブルに突っ伏して寝ているが、さすがは本職というべきだろう、ブラガンさんは明日の仕込みにつき合ってくれている。
「……セラも! セラも頑張ってるよ! ほんしょくだし!」
「おおそうだな、おまえもいるよな」
眠い目をこすりながらではあるが、セラも手伝ってくれている。
だがもう限界のようで、すでに拭き終わった皿を延々と乾拭きしている有り様だ。
「だけどあんま無理すんな。子供はもう寝る時間だ」
「うう~……? だ、だけどお~……?」
ふらふらと前後不覚になったセラは、俺が抱えると安心したのだろう、そのままぐっすりと眠りについた。
ちょうどいい機会なので休憩室のソファにティアと一緒に寝かせてやって、毛布もかけてやって、これでようやくひと息つけた。
「ふうう~……さあぁぁて、こちらはもうひと踏ん張りかぁ」
腰を伸ばし、腕をぐるぐる。
溜まっていた疲労を吐き出してから、さてもうひと頑張りしようかとお茶を淹れていると……。
「……大丈夫でしょうか、明日もお客が来るでしょうか」
ブラガンさんが不安そうな声でつぶやいた。
「……」
見れば、握り合わせた手が震えている。
五十歳後半の男性が、恐怖で震えている。
だけどそれを、俺は臆病だとは思わなかった。
「大丈夫ですよ。今日までの稼ぎが金貨にして二十五枚。あのチンピラとの約束にわずか五枚だ。この先何が起ころうと問題ない。セーフティリードってやつです」
「ですが……」
ブラガンさんの気持ちはよくわかる。
飲食なんてのはどこまでいっても水物だ。食中毒発生、SNS炎上、ライバル店の出現。ほんのちょっとした亀裂からすべてが崩壊し、いきなり稼ぎがゼロになることだって珍しくない。
しかも、ゼロになれば自分だけじゃない他の人にも迷惑がかかるんだ。
従業員に出入りの業者、べニアさん、この店を思ったまま亡くなったブラガンさんの奥さんと、ついでに俺たち。
「わかりますよ。昨日今日と繁盛したからって、明日もそうなるとは限らない。料理人は永遠に、不安と戦い続ける運命にあるんです」
これまでのブラガンさんがそうだったように、俺にだって色々あった。
料理学校時代は優秀な同級生との競い合いが、『ラパン・グルマン』時代は他店との凌ぎ合いが、ザントでは過酷な自然が敵となった。ともかく常に、いろんな不安や恐れと戦ってきた。
だからこそわかるんだ。そんなのいちいち気にしててもしょうがねえって。
「ねえ、ブラガンさん。俺から言えるのはこれだけです。そしたら全部、諦めましょう。やるだけやって、ダメだったらもう知らねえ。ベストを尽くしてもダメなら、あとはもう大の字になって寝転がりましょう。借金取り? 知るか、殺せるもんなら殺してみろ、ぐらいの気持ちでいきましょうや」
「そんなこと言いますけどおぉ~……」
何かいいアドバイスを求めていたのだろう、ブラガンさんの肩ががっくりと落ちる。
「まあでも、ホントにそれしかないんですよ。死ぬのがあれなら、あとは逃げるしかない。ブラガンさんとべニアさんで、どこか遠くに。ふたりが無事で健康なら、どこへ行って何をしたって生きていける。生きてさえいれば……それ以上に大事なことなんて、他にないでしょう」
「それはそうかもですがあぁ~……」
「大丈夫、ここまで完璧に運べてます。怖いのも辛いのも明日でラスト、もうひと踏ん張り頑張りましょう」
プロのカウンセラーじゃあるまいし、大の大人の不安を完全に取り除くなんてことできやしない。
だけど、ほんのり薄めるぐらいのことはできるはずだ。
そう信じて、俺はブラガンさんの肩を叩き続けた。
軽い声をかけ、勇気づけ続けた。
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