「湖畔亭にて」
「そんなことより聞いてジロー! あそこのお店の人がね、ジローにお店を立て直して欲しいんだって!」
とんでもないことを叫びつつセラが俺の前に連れて来たのは、前掛けエプロンをした二人の現地住民。
聞けば、カルナックで小さな食堂を経営する店主親子とのことだった。
白髪まじりの中年男性が店主のブラガンさんで、料理担当。
ショートボブの若い女性がべニアさんで、給仕その他全般担当。
どちらも痩せていて撫で肩で、気の弱そうな笑顔までよく似てる。
「本当に申し訳ないことで……。初対面のあなたに突然こんなことをお願いして……」
「ごめんなさい。お父さんとわたしだけだとどうしても考えが似たりよったりになりがちで、他に打開策が思いつかなくて……」
タレ目で、ペコペコと盛んに頭を下げてくる感じまでよく似てる。
「ふたりはさ、いせかいじんのジローの力で、お店のけいえいを立て直したいんだってっ」
「……ああもう、個人情報の漏洩といい、天井知らずの安請け合いといい……っ」
会ったばかりの人間にいきなり俺の個人情報を、しかも異世界人であることまでバラすか?
その上、店の経営状況に口を出し、あげく立て直せるとまで言ったのか?
「ホントにおまえってやつはあ~……」
天井知らずの無茶ぶりに、俺はハアと重いため息をついた。
「でもでも――ジローならできるでしょ?」
ぎゅっと拳を握り、目をキラキラさせたセラが俺を見てくるが、さすがにこれは……。
「んん~……しかし、なんといっても事が事だからな。はいやりましょうとはさすがに……」
俺のお断りの雰囲気を察したのだろうか――
「無茶なお願いだというのは百も承知です。しかしこうでもしないと店が人の手に渡ってしまい……」
「お父さんやっぱりやめよう。わたしたちの人生をこの人に押し付けちゃダメよ」
「べニアっ」
「お父さんっ」
ひしっとばかりに抱き合い涙を流す親子。
くっ……これはさすがに断りづらい……っ。
「ああもうわかったよっ。だが勘違いするなよなっ。立て直しの約束まではできねえから、あくまでちょっと見るだけだからっ」
「ジローがフレデリカみたいなこと言い出した……」
「あんなツンデレお嬢様と一緒にすんなっ!」
とんでも発言をするセラにツッコみつつ、俺は改めてブラガンさんに向き直った。
「とにかく店を案内してください。その上で対策を考えましょう」
そんなこんなで俺は、『開放祭』の真っ最中にお店立て直しというトンデモ案件を任されることになったのだ……。
◇ ◇ ◇
面倒なことにはなったが、やると言ったからにはやらねば男が廃る。
同業者が廃業する危機を見逃すってのも、なんだか気持ちが悪いしな。
「さあて、それじゃあまずは状況を理解するところからだな」
さっそく訪れたブラガンさんの経営する『湖畔亭』は、カルナックで最も古い食堂だ。
カルナックが避暑地になる前の宿場町だった頃から旅人に飯を提供してきたのだとか、ブラガンさんでもう七代目になるのだとか、聞けば聞くほど味わい深い歴史がボロボロ出てくる。
「なるほどね、どうりで年季が入ってるわけだ」
カルナック名物の一つでもあるウォールナットの古木を切り出して作ったのだという内装は、年月によって磨かれた濃いブラウンの艶を帯びている。
柱もテーブルも椅子もウォールナット材で、正直この雰囲気だけでも金を取れるぐらいの素晴らしいものだが……。
「だが少し……いやかなり……薄暗いんじゃないか?」
「薄暗い……? ああ、なるほどたしかに……」
言われて初めて気が付いた、という風にブラガンさん。
「……そういえば以前にもお客さんに言われたことがあったような……?」
顎に手を当て、いままさに思い出した様子のべニアさん。
今まで気づかなかったとかマジかよ、というツッコミはさすがに無粋か。
「まあこういうのは、本人にはわかりづらいもんですからね」
二人をフォローしつつ、さらに店内を見ていく。
見た所、暗さの理由はふたつだ。
ひとつ、元々狭い入り口付近に食材や薪などの燃料を積み上げているせいで、十分な光が入って来ない。
ふたつ、通路やテーブルの上にも雑多な物が積まれていて、いちいち採光を妨げている。
見た目が暗いから入りたくないというのはあまりに最低な理由すぎるので、ここはすぐにも直さなければならない。
「とりあえず即効性があるものとして、そこらにある荷物をバックヤードに移しましょうか。特に入り口付近は店の看板なんで、意識的に広く取るようにしてください。あとは清潔さってのも大事なポイントです。掃き残しがけっこうあるし、埃も目立つんで、いったん綺麗にしましょうか」
俺の指示に従い、力仕事担当のマックスとオスカーが荷物の移動に動き出した。
セラとティアはお掃除担当。掃き掃除や水拭きをして、店に清潔で明るい雰囲気を醸し出すのだ。
「あとはメニューですかね。お客さんに一番食べて欲しいものはなんですか?」
「ん~……湖魚のフリットと、鴨肉のローストですかね」
「ああ、いいですね。湖に棲む魚と、それを目当てに飛来する鴨料理か。だったらわかるようにメニューに書きましょうか。飲食の鉄則ですが、一番売りたいものはメニューの一番目立つところに書くこと」
ブラガンさんが書いたのだというメニュー表は字が下手な上に、順番が適当だった。
「あとは表現ですね。名前と値段だけじゃなく、どんな料理でどこが売りなのかを明確にすること」
湖魚のフリットと鴨肉のロースト自体はわかりやすいメニューだが、『揚げたてサクサク』とか、『芯までしっとり柔らか』とかの表現を足すだけでもイメージは変わってくる。
猟場直行などの新鮮さを書き足せばなおさら良いだろう。
「わかりました。ではわたしがそれを」
べニアさんがメニュー表の改善に挑み、最後に残ったのは俺とブラガンさん。
あとは料理を作るだけ、といったところだが……。
「しかし、これだけでお客さんは入って来るものなのでしょうか?」
動き始めた皆を眺めながら、ブラガンさんはソワソワと身を揺すり、不安そうにしている。
まあ実際、今のところは掃除して片づけをしてメニュー表を直しただけだからな。
それだけで万年閑古鳥な店の売り上げが急に伸びるとは思えないのだろう。
「ま、これだけじゃ無理でしょうね。多少の改善は見込めるという程度。通りには他にも人気店があるし、湖魚と鴨は土地の名物だけにそれを使った料理は当たり前のように提供されているし……」
俺は正直に言った。
土地の名物を使った料理を食べたいという『ニーズ』は満たされている。
だが、他店を突き放すような『トレンド』がない。
このままだと『古くからある味わい深い食堂』で終わるだけ。
「何かもうひとつ、明確な売りが欲しいとこなんですが……」
さて、何かいい案はないものかと店内を見渡していると――突如として、食堂の戸がガラリ乱暴に開け放たれた。
「おうおうおう! いつになったら借金返すんだブラガンのおっさんよおー!?」
乱暴な声を上げて店内に入り込んで来たのは、オレンジ色の髪をリーゼントにした三十がらみのチンピラだった。
チンピラはつかつかとブラガンさんに歩み寄るなり、こう捲し立てた。
「言っただろうが! 今月中に金貨三十枚耳揃えて返さねえと、この店ごとぶっ潰すぞってよおおー! なんとか見逃して欲しいんだったらその……ベ、べニアちゃんをオレにくれるってよおおー!」
ブラガンさんを脅しつける一方で、べニアさんにニヤニヤいやらしい目を向けるチンピラ。
「解説ご苦労……と言いたいぐらいのわかりやすさだな」
あまりのわかりやすさに、俺は思わずため息をついた。
ブラガンさんの食堂である『湖畔亭』は、経営不振による借金を背負っているらしい。
んで、金を借りた相手がこのチンピラだ。
利率はわからないが金額は金貨三十枚で、今月以内に支払わなければ経営権が奪われると。
そうなりたくなければべニアさんを嫁に寄こせと。
「来たな悪党!」
チンピラに気づいたセラが、ホウキを振り上げ威嚇を始めた。
「うお、なんだこのガキっ?」
「べニアさんは渡さないよ! わおーん! わおーん!」
ホウキを振り振り、狼の遠吠え(?)を上げるセラ。
突如子供に威嚇され、戸惑うチンピラ。
「……はは~ん、そういうことか」
ここにきてようやく、一連の流れが腑に落ちた。
セラめ、このことを知ってやがったな?
ただ立て直しを図るだけじゃなく、今まさにチンピラに奪われんとしているべニアさんを救いたかったんだ。
そのために俺をけしかけたんだ。
ま、それ自体は善行だ。
借金のカタに娘を売り渡すなんて非道がまかり通っていいわけがない。
特殊な生い立ちをしたセラが、肩入れしたくなる気持ちもよくわかる。
そしてそれは、俺にとっても同様だ。
娘を、あるいは妹を。
本人の意志に逆らうような形で他人に渡すなんてこと、あっていいわけがない。
俺は腕組みすると、ぐっと背を伸ばした。
人相が悪いと評判の(?)顔を精いっぱいにしかめてチンピラを見下ろした。
「おうチンピラ」
「はあ? 誰がチンピラだとおおおおぉ!?」
「おまえだおまえ。そこの面白い髪型したおまえ」
「だ、だ、誰の髪型が面白いだとおおおおぉっ!?」
そういやマックスもリーゼントだったが、こっちの世界のチンピラの正装みたいなもんだろうか?
ってのはさておき……。
「俺はついさっきこの店のコンサルタントに就任したジローって者だ。その金貨三十枚を返したら、店は潰れなくて済むんだな? ついでにそれが祭り期間中だったら、てめえは二度とブラガンさんたちにちょっかいかけないと誓ってくれるんだな? よし乗った!」
「は? え? そんなこと言ってないんだがっ!?」
「何? 男に二言は無いだって? チンピラにしては言うじゃねえか! おう! やってやらあ!」
チンピラに反論する隙すら与えず、俺は一方的に宣戦布告した。
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