「オスカーと秘密の手紙④」
~~~オスカー視点~~~
「なっ……何をするジローっ!?」
「説明してる暇はないっ」
ジローはオスカーの肩を両手で捕まえると、有無を言わせず浴場へ押し込んだ。
ドブンとふたり、そのまま湯舟に浸かった。
「ジロー……こ、こ、ここここれはっ?」
「あまり動くな。これで何とか、隠しきるぞ」
騒ぐオスカーを壁の方を向いて座らせ、自分は入り口の方を向いて背中合わせで座る。
ちょうどよく窪んだその位置にいれば、オスカーの体型は男子生徒たちには見えない。
あとは男子生徒がいなくなるまで、背中合わせを崩さないだけ。
それはオスカーの体を隠すためにジローが考えた、窮余の一策だった――が。
「た、たしかに合理的な作戦だが、これではあまりにも……っ?」
オスカーは、思わず頬を赤らめさせた。
両手で胸を隠すと、ドブンと顎まで湯に浸かった。
男勝りの性格をしているとはいえ、女である。
殺し合いであれば男に負けるとは思わないが、単純な力比べや体格差はどうしようもない。
性別の差に対する劣等感は常にあった。
ましてジローは大柄な方だし、普段から料理をしていることで自然に腕っぷしが鍛えられている。
発達した腕の筋肉に見惚れることも、羨ましいと思うことも何度かあった。
そんなジローと背中合わせとなれば、しかも互いに一糸まとわぬ裸となれば、さすがに意識せざるを得ない。
背中の大きさ、引き締まった肉質、大きな心臓の鼓動……。
(うああああああああーっ! 緊張で頭がおかしくなるうぅぅーっ!?)
オスカーは内心、目をぐるぐるにさせてのた打ち周り――そしてハッと、我に返った。
「――って、そうじゃないっ」
パチンと自らの頬を叩くと、勢いよく振り返った。
「なんだってキミは、ボクを庇うんだっ?」
「は?」
オスカーの疑問が意外だったのか、ジローはぽかんとした顔つきになった。
「……なんでって?」
「だって、そうだろうっ」
噛みつくように、オスカーは訊ねる。
「き、キミはボクの体をみみみ見たんだろうっ? だったらわかったはずだっ。ボクが女であることを隠しつつ男子棟に住んでいる不審者だということを。そんなの普通じゃないじゃないか。他国の軍人とか、敵対関係にある宗教関係の密偵とか、そういう感じの怪しい人間であることは明らかじゃないか。だったらこの場で捕まえるべきだろう。女であることをバラして、男子生徒たちと協力して取り押さえるのが普通だっ。なのになんで庇おうとするっ?」
「ちょ……声のトーンを低くしろって――」
「……あ。す、すまない――」
男子生徒たちがぞろぞろと浴室に入って来たことで、二人は声のトーンを低くした。
「……なるほど、密偵か。そういう方向に考えたことはなかったな」
ジローは頭をかきつつ話し始めた。
「正直、向こうの世界のラブコメじゃ普通にある設定だから、あんま気にしてなかったわ」
「らぶこめ……というのはなんだ?」
「あー、えー……まああれだ。向こうの世界の物語の設定上のあれやこれやで……とまあ、それはいいか。マジどうでもいいから放っておけ」
ゴホンと咳払いをすると、ジローは仕切り直した。
「ぶっちゃけ軍人みたいな奴だと思ったことはあったよ。おまえの殺気ってただ事じゃねえし。包丁の使い方もよ、包丁というよりゃ人を殺せる刃物でも扱ってるみてえだなって思ったことはある。ああー、でもあれか。おまえが夜中にこそこそ書いてるのってもしかして報告書とかだったりするのか? 上司に対する? はいはい、なるほどなあ~」
「……キミちょっと、平和ボケが過ぎやしないか?」
この極限状態にあって、どこまでものんびりしたジローの発言に、オスカーは心底呆れた。
「ボクが本物の軍人や密偵だったら、情報を知ったキミは暗殺されるんだぞ? もっと怖がったり、悲鳴を上げて逃げたりするべきなんじゃないか?」
「う~ん、たしかにそうなのかもな。一般的には――でもおまえは、そんなことしないだろ?」
「な――?」
オスカーはぎょっとした。
ジローの言葉が信じられなくて、思わず振り向いた。
「なんでそんなことが言える?」
「なんでって……」
「同室でありながらおまえをずっと騙してきたボクの、一体どこをどう信じられるっていうんだ?」
オスカーは混乱していた。
(なぜだ? なぜボクはこんなことをしている? 向こうが気にしないというならそれでいいはずなのに、わざわざ危険を冒してまで藪をつつくような真似をしている。今すぐやめなければ。なのに……なんでっ、ボクはこんなにしてまでも――ジローの真意が知りたいんだ?)
ズキズキと痛む胸を抑えながら、オスカーはジローを問い詰め続ける。
「ボクは嘘をついてきたんだぞ? 皆の前でボクを信頼するといってくれたキミを、平気な顔で。なのになんで……そんなにっ」
「――なんつうかさ」
ここまでじっとオスカーの話を聞いてきたジローが、初めて、かぶせるように言葉を発した。
「世の中、いろんな人がいるじゃんか。頭のいいの、悪いの。性格の良いの、悪いの。嘘つく人間だって、当然いるわな。俺だってセラのことに関してはみんなに黙ってた。おまえも悪かったし、俺も悪かった。じゃあお互い様なんじゃないか?」
「お互い様? 全然ダメだ。まったく吊り合ってない。ボクがキミにしていたことは……っ」
「――あのさあ」
再度、ジローは言葉をかぶせて来た。
「おまえはさ、なんでもかんでも大げさに考えすぎなんだよ。あれしちゃいけないこれしちゃいけない、そんなことはあるべきじゃない。でも俺はさ、世の中そんなに厳しくなくていいと思うんだ。もっとずっと、簡単に人を許していいというかさ……」
「……」
オスカーはじっと、ジローの横顔を見つめていた。
子供たちを許す、悪たれどもの居場所を作る、それこそが大人のあるべき姿だと主張し続けてきた彼の横顔を、じっと。
「誰にだって、守るべきものがあるだろう。これだけは譲れねえってものがあるだろう。そのための秘密なら、それは許されてもいいと思うんだ。正直は美徳ではあるけど、絶対じゃあねえというか」
「だけどボクは……キミを……」
――キミの情報を、レティシア姫に送るよう言われた密偵なんだ。
思わず自白してしまいそうになって、オスカーは慌てた。
胸をぎゅっと抑え、口を噤んだ。
その様子を察したのだろうか……。
「無理すんな。言いたくなったら言ってくれれば、それでいいさ」
ジローは努めて気楽に、そう言った。
「……っ?」
子供のわがままを抱きしめてくれる大人のような余裕の態度に、オスカーの頬はシュボッと、不思議な熱を帯びた。
腹の底から生じたそれは、耳まで瞬時に上昇し、カッと燃え上がった。
(え……なんだこれ? この熱いの、いったいなんだ?)
自らの内に突如として沸き上がった不可思議な感情に戸惑っていると――
「おーい、ジローとオスカー」
突然、男子生徒たちが話しかけてきた。
「――っ?」
突然のことにオスカーは身を硬くし。
「おう、どうしたおまえら?」
さすがに年長者であるジローは平然を装い、ひらひらと手を振った。
「おまえら、こんな時間に風呂入るほど仲良かったんだな?」
「もっと険悪なのかと思ってた」
「そうそう、なのにそんな隅っこでくっついて」
意外そうに顔を見合わせる男子生徒たち。
たしかに、普段のふたりの様子からは想像できない光景だろう。
色々と勘ぐられてもしかたのない状況だ。
「はあ~? んなの当たり前だろ。こちとら同室して半年近いんだ。二段ベッドの上と下の関係で、仲良くならなかったら嘘だろう。ましてや男同士だもんよ。裸のつき合いぐらい普通、普通。な、オスカー?」
サラリと嘘をつくジローだが、緊張している様子のは背中の張りでわかる。
(さすがのジローも動揺するか。だが、ここはなんとか乗り越えてくれ……っ)
動揺してしまって上手い嘘のつけないオスカーは、ジローの対応にすべてを委ねることにした。
胸を両手で隠して、身を縮こめてただ待った。
やがて――
「ふう~ん。そうなんだ? まあいいや。じゃ、俺ら上がるから」
「見回りに気づかれないように気をつけろなー」
「明日の朝食も期待してるぜ。料理番ズ」
口々に挨拶すると、男子生徒たちは脱衣所へ消えていった。
やいのやいのという賑やかな話し声は、やがて脱衣所からも消えた。
「ふう~……なんとかなったな」
オスカーから離れると、ジローはやれやれ肩が凝ったとばかりに腕を回した。
「あ……危なかった……」
オスカーも力が抜け、その場でホウと息を吐いた。
「ジロー、ありがとう、助かった。キミが庇ってくれていなければボクは今ごろ……」
恩人であるジローに向けて、心底からの感謝を述べた。
(任務未達成で帰らなければならないところだった。いや、このまま続けてもいいのかどうかは疑問が残るところだが……。少なくともまだ、自分はこの暮らしを続けることが出来る)
その事実に、オスカーは心から安堵した。
「あ、でも待てよ?」
ジローがハッと何かに気づいたような声を出した。
顔を青ざめさせ、何やら深刻な様子だが……。
「今日のこと、あいつらに口止めしておかないとやべえことになるのでは……?」
「口止め? なんでだ? いやまあ、夜中に風呂に入ったことなど言おうものなら普通に指導官に怒られるだろうが。そこまで焦る必要もないような」
「そうじゃねえよ、おまえと入ったのが問題なんだって」
「……ボクと?」
「だっておまえ、今後何かの拍子におまえが女だってことがバレてみろ。そんでもって、ふたりで夜中に風呂に入ってたなんて知れてみろ」
つつーっと、ジローの額を汗がつたう。
「セラの奴になんて言われることか……痛いっ!?」
オスカーは片手で胸を隠し、もう片方の手でジローの脇腹をつついた。
硬く尖らせた手刀の先端で、デュクシとつついた。
「おいやめろ、何すんだオスカー」
「知らん」
「痛い、痛いからやめろって……ってかマジなんなんだよっ!?」
「知らん。知らんがたぶん、キミが悪い」
なぜだかわからないが、オスカーは腹を立てていた。
ふたりで乗り越えた危機よりも、その先に待っているかもしれないセラの嫉妬を恐れるジローに、無性に腹が立った。
今まさに素裸で向き合っている自分に毛ほどの興味も抱かないことに、なんとなく腹が立った。
だからジローを、何度も何度もデュクシとつついた。
「やめろ、マジやめろって」
ジローがたまらず逃げるまで、その悲鳴は深夜の浴室に響き続けた。
セラがちびっこすぎてラブコメれないので、たまにラブコメれるとニヨニヨします(*´艸`*)
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