「亜人と異形」
紙書籍9月5日発売です(*´ω`*)
セラ・ドロテア・ティアの三人が騒ぎ続ける中、俺とマシューは壁にもたれかかり話をしていた。
内容が内容だけに、子供たちには聞かれぬような小さな声でひそひそと。
「貧血が頻発し、太陽光の刺激に敏感で、時に体調を崩す……。だから私はこう思い、隠していたんだ。もしかしたらドロテアは、『吸血鬼』の『取り替え子』なのではないかと――」
「…………………………はあ?」
マシューの口から漏れ出た言葉を呑み込むのに、たっぷり一分は時間がかかった。
だってそれは、あまりにも衝撃的な内容だったから。
「何言ってんのおまえ? え? 中二病的なあれじゃなく? 本気で言ってんのそれ?」
「そのなんとか病というのはわからんが、私は本気だ。本気で言っている」
俺の質問に、しかしマシューは事も無げに返した。
一切の迷いなく、真面目な顔で。
対する俺は、何度も首を横に振った。
「いやいやいや……そんなのあるわけないだろ?」
『吸血鬼』に『取り替え子』だと?
ここはファンタジーRPGの世界じゃないんだぞ?
たしかに異世界ではあるが……かといって……。
俺は正気を保つため、盛んに首を横に振った。
「それってあれじゃないか? ポルフィリン症……レンフィールド症候群とも言うんだが、俺のいた世界の病気でさ。血中のヘモグロビンを合成するヘム合成回路が機能しなくなる病気で、ちょっと日光を浴びるだけでも赤血球が壊れるから、日中に表に出られなくなるんだ。血の合成が上手くいかなくなることで貧血も起こしやすく、自ら血を求めることもあるから吸血鬼伝説になぞらえられることもあって……え、そういうのじゃない? 本当に? 本気で存在してるのか? 吸血鬼が? こっちの世界では?」
数度にわたる確認もむなしく、マシューは頑として首を縦に振った。
「あるいはドロテアがそのなんとか症候群だったのかもしれんが、ともかく『吸血鬼』は実在する。というかそもそも、セラの持つ『癒しの奇跡』だって似たようなものだろうが」
「ああまあ、あの力はたしかにファンタジーそのものだと思うが……」
どんな怪我も病気も治す。そんなの普通じゃあり得ない。
だとするとやっぱり実在するのか……吸血鬼。
ええ~……じゃあ、じゃあさ。
「エルフとかドワーフとかもいんの?」
「いる」
「ドラゴンとかクラーケンとかもいんの?」
「見たことはないが、いるはずだ」
「マジかあー……」
衝撃のあまり、俺は両手で顔を覆った。
さっきまで普通に過ごしていたこの世界が、急に異質なものに思えた。
空気や風の匂いすら、違って感じられた。
例えて言うなら、さっきまで本州にいたと思っていたら実は北海道にいて、すぐそこの林の中からヒグマが出てくるかもしれないぞと脅されたような感覚だ。
「もちろんだが、割合としては多くない。希少で、王都ほどの大きな都市でも二、三人いるかいないかというレベルだ」
マシューの説明によると、この世界では十万人にひとりぐらいの割合でエルフやドワーフのような亜人種が産まれるそうだ。
友好的な彼らが虐げられることはないが生きづらく住みづらいのには違いなく、亜人種同士で集落を作り、都市部を避けて暮らしているそうだ。
一方で、ドラゴンやクラーケンのような異形種が三十万にひとりぐらいの確率で産まれるそうだ。当然危険な存在なので、明るみになった瞬間に国軍が出動して狩られるのだとか。
吸血鬼は亜人と異形の中間ぐらいの存在で、やっぱり討伐の対象なのだとか。
「セラの『癒しの奇跡』は希少度で言えばドラゴンやクラーケンクラスだな。同じクラスの『奇跡』だと、『守護騎士』キャリカ・ぺリオールの持つ『光の剣』、『暴虐王ヘテロ』の持つ『業火の単眼』など……」
「……もういい、もういい。頭が痛くなってきた」
突然のファンタジー展開に疲れた俺は、痛むこめかみを抑えた。
「ああ~でもそうかあ~。ランペール商隊の積み荷に『ファイアリザードの尾』とか『三つ首虎のたてがみ』とかあったもんなあ~。怪しげな荷を積んでんなあと思ってたけど、あれって全部本物だったのかあ~」
「ランペール商隊の荷なら嘘はあるまい。一つ一つが一般人の年収クラスの価値がある品で、しかも万全の保証付きだ」
異世界に来ていながら異世界の食材に触れてねえなあと思ったけど、なるほどな。
あれはガチのものだったんだ、さすがはランペール商隊というべきか。
だったら今後、料理人としてはそういった料理をする機会があるかもなのか? 万一に備えて覚悟しておいたほうがいい?
しかしまあ~……いずれにしても……。
「元は人間、と考えると調理はしづらいがな……」
その光景を想像すると、相当きつい。
食材自身が放つ怨嗟の声を想像し、背中を粟立たせていると……。
「必ずしも人間の子から産まれるわけではないぞ? トカゲの子供がドラゴンになったりなど、基本的には近縁種が『取り替えられる』ものだ。というかおまえ、『取り替え子』を調理しようと言うのか?」
「そ……そうじゃねえよ、あくまで可能性としての話だ」
元人間を食いたがるサイコパスだと思われちゃあたまらない。
俺は慌てて否定した。
「気にするな。二足歩行の種は元人間。そうでなくても人語を解し意思疎通ができるなら元人間という特徴がある。それ以外を食べる分には問題あるまい」
俺の肩を叩くと、マシューは気軽に笑った。
「国軍の狩った獲物が市場に流れることもあるし、そのうち手にすることができるかもしれんぞ? それこそ異世界の料理番としては興味のあるところだろうが」
「うえ~……? こっちでは猟師が狩ったヒグマが市場に出てたりするレベルの話なのか? 異世界ジビエというか? うう~ん……?」
異世界出身の料理人として、新たな食材に触れられる可能性を楽しんだらいいのかどうなのか。
実に複雑な気分だ。
「…………まあでも、よかったよ。本当に」
「ああ?」
ふと見ると、マシューは実にいい顔をして微笑んでいる。
その視線の先にはドロテアがいて、セラたちと姦しく何かを話している。
「病気も治り、取り替え子の懸念も消えた。おまけに友達まで出来て、ああして仲良くやってる。これ以上の結果はないよ。ありがとう、ジロー。私はおまえに、一生涯の感謝を捧げよう」
「お、おう。そう改まって言われると照れくさいが……っておまえ、泣いてる?」
「まあ……うん、さすがにな」
眉間に当てたマシューの手の下から、すうっと涙の筋が垂れている。
こいつはあれだ、嬉し涙ってやつだ。
どうしたって止められないのが、後から後から溢れてくるやつだ。
「……」
俺はこれまでのマシューの苦労を思った。
貴族だったのにもかかわらず家督を捨て、妹と二人で生きていく覚悟を決めた。
子供たちに嫌われながらも、料理と医学の研究に打ち込んだ。
日に日に弱っていく妹を眺めながら、取り替え子ではないかとの恐れに苛まれ続けた。
その心労を思えば無理もないが……。
だけどまあ、俺たちは男なので。
子供たちの前で、泣き顔なんて見せられないので。
「なあおい、マシュー。わかってんだろ。バレないうちに泣き止めよ」
俺はマシューと肩を組んだ。
マシューの涙が子供たちに見えないように、少し顔を寄せてやった。
こうすれば、男どもが仲良くしてるようにしか見えないだろう。
「ああ……すまない」
涙で声をくぐもらせながら、マシューは小さくうなずいた。
「……ふん」
世話が焼けるとため息をつきながら、子供たちの様子を眺めた。
どこまでも終わることのないバカ騒ぎを見つめながら――ふと思った。
この世界にはセラ以外にも『奇跡』の力を持った奴がいる。
だけどそれ以外にも、亜人や異形がいるんだ。
しかもエルフやドワーフ、ドラゴンやクラーケンのようにわかりやすい個体だけではない。
マシューがつい最近まで悩んでいたほどに気づきにくく判別しづらい、亜人+異形のような存在もいるんだ。
そしておそらく、その多くは自らがそうであることを隠して生きている。
下手をすると、この神学院の子供たちの中に紛れていることも……。
「……なんて、それはさすがに考えすぎかね」
束の間脳裏に浮かんだ恐れを、俺は頭を振って否定した。
紙書籍、9月5日発売です。
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