「『特別』なスイーツ」
ドロテアの病気を治すため『癒しの奇跡』を使ったセラは、例によって例のごとく意識を失い、パタンと倒れた。
――がしかし、翌朝には見事復活。
パチリと目を覚ましベッドの上で立ち上がると――
「わおー! わおー! セラはお腹が減ったぞー! ご飯をくれないならおまえたちを食ぁぁぁべちゃうぞー!」
両手を胸の前で狼の前足の形(?)にすると、わおんわおんと吠えまくった。
この行動に、心配のあまり昨夜から枕元で待機していたティアとドロテアのふたりは呆然自失。
互いに両手を握り合わせつつ、頭上に大量の「???」を浮かべ固まっている。
まあ無理もない。
あんな倒れ方をした奴がこんな猛スピードの復帰を遂げるとか、普通は想像しないよな。
「おう、飯だぞセラ」
一方俺は落ち着いたものだった。
何せ『癒しの奇跡』を使用した代償としてセラが倒れたのは、これが初めてじゃないからだ。
一度目はフレデリカの怪我と低体温症を治した時。
二度目はランカとレオナを死の淵から救った時。
大寒波の時にも何度か倒れていたから、それほど動揺はしていなかった。
ベッドに運び安静にさせ。
熱を発し苦しんでいるのを時々水嚢で冷やしてやり。
舌根沈下などの不測の事態に備え待機するぐらい。
峠を超えたのを確認してからは、粛々と朝食作りを行った。
今までの経験上、目覚めたセラが真っ先に食い物を求めるのはわかっていたから。
選んだメニューは『ザリガニと夏野菜のリゾット』。
昨日セラが食べたがっていた薬膳フレンチだ。
米に雑穀を混ぜ、ナスとズッキーニ、トマトなどの夏野菜をたっぷり入れ、メインのザリガニと一緒に炊き上げたもの。
フレッシュな夏野菜とトマトの香ばしさが食欲をそそる一品をトレイに乗せて渡してやると、セラは「わー! 昨日のだ!」と瞳の中に星を瞬かせた。
「うおおおー! 美味い! 美味いぞおー!」
猛烈な勢いでスプーンで食べ進めるセラ。
口の周りが瞬く間に赤く染まり――
「むぐむぐごくんっ……身はカニみたいで……味はエビみたい!? ザリガニってりょうほーのいいとこ取りなんだ!? ザリガニすげえー!」
セルフの擬音付きのセラの食レポに、ティアがごくりと唾を飲む。
一方ドロテアは昨日同じものを食べたからだろう、「ふふん」と誇らしげに無い胸を張っている。
「あれ美味しいのよねー。さわやかな酸味のついたご飯とザリガニの組み合わせが最高でさー」
「ええーっ? いいなーいいなーっ」
自慢するドロテアの隣でぴょんぴょん跳ねて羨ましがるティア。
幼女三人の心温まる光景。
だがこのままでは、「セラだけの」ご褒美にはならない。
なぜなら、ドロテアも同じものを味わっているから。
「ふっふっふ……これで終わりじゃないぜ?」
新たな皿をトレイの上に乗せてやると、セラの髪の毛が驚きでふわりと逆立った。
小さな体が、衝撃でふわりと浮いた。
「こ、こ、これは――!?」
皿の上に乗っているのは手の平サイズの小さなお菓子だ。
ブリオッシュ生地で生クリームをサンドした形状がどこかハンバーガーを思わせるそれは、フランス南部の港町サン・トロぺの名物お菓子『トロペジェンヌ』。
ふわふわ生地とたっぷりカスタードクリームの甘さが特徴で、かの名女優ブリジット・バルドーが好んだことから全世界にその名を広めた。
「本来なら粗糖を振りかけるところだが、今回は対比効果を狙って塩にした。生地は元々バター分が多めだからそのまま。カスタードクリームにほんのりと塩を混ぜ、表面に粗塩をかけて焼き……。いわゆる塩パンの系統だな。なので名前は『塩トロペジェンヌ』。味わって食えよ? 頑張ったおまえへのご褒美だ」
「!!!!!」
『おまえへのご褒美』、という言葉が効いたのだろう。
興奮し言葉を失ったセラは、わき目も振らず『塩トロペジェンヌ』に食いついた。
次の瞬間――
「甘んまあぁぁぁ~い!」
目を閉じ、頬をほんのりと上気させ、いかにもご満悦といった表情。
「ありがとうジロー! とっても美味しいよ! お菓子なのに塩がいい! キュっと締まった塩味が甘さを引き立ててるの! キュッ! ポワーン! キュッなの!」
パチリと目を開いたセラは、とにかくすごい勢いで誉め言葉を口にした。
これに対し、俺は親指でサムズアップ。
「おうよ、少量の塩を足すことで逆に甘みを引きたてる。そいつが対比効果だ」
「すごい! ジローすごい! ジロー天才! 最高の夫だね!」
「うんまあ、最後のはおかしいけどな」
俺たちのやり取りを見ていたドロテアが、急に大きな声を上げた。
「ずっ……ずっ……ずるい!」
セラの様子を見て自分も食べたくなったのだろう、ぐぐいとこちらににじり寄って来る。
「あんなの食べたことない! 食べたい食べたい食べたあぁぁーい!」
「わ、わ、わたしも! 食べたい! です!」
ティアも我慢しきれなくなったのだろう、はいはいとばかりに手を挙げた。
が――
「へっへーん、ダメだよー。これはジローがセラのためにと・く・べ・つ・に! 作ってくれたものだからー」
『特別』を強調すると、セラにしては珍しくニヤリ意地悪そうに微笑んだ。
「きいいー! この隊長め! この隊長め! この隊長め!」
それがまた悔しかったのだろう、ドロテアはセラの腕を掴んでぶんぶんと上下に振る(叩いたりしないのは互いに病み上がりだからか)。
一方そんなことをする度胸もないティアは、「うー……っ、うー……っ」とセラの周りで羨まし気に唸っている。
「おいおいおまえら、一応病み上がりなんだから静かにしろよ」
俺が制しても騒ぎは止まらず、部屋は子供たちの賑やかな声に包まれた。
「……正直、気が抜けた」
一連の騒ぎを見ていたマシューが、ため息まじりにつぶやいた。
「もっと重いものだと思っていたのに、翌朝には目を覚まし、食事まで摂るどころか……」
「子供らと一緒にこんな大騒ぎまでできるのかって? まあそうだな、俺も最初は驚いた。要は程度によるんだ。相手の怪我や病気が重いほどセラがウケるダメージはデカい」
現に、ランカとレオナの時は死にかけたしな。
「ドロテアの場合はそれほど重くなかったと?」
「んー……一概にそうとも言えん。何せ俺が施術者じゃないからな。ただの印象でいいなら、ケガの方がダメージがデカい印象はある。失った組織を再生するとか、血液を再生するとか、そういった部分に力を使ってるんじゃないかと。ドロテアの場合は悪い部分を取り除いただけだから簡単だったとか、そういう感じなんじゃないか?」
「再生と切除……それをただ手のひと振りでするのか」
本格的に医学を学んだ者としては思うところがあるのだろう、マシューは感慨深げにつぶやいた。
拳を握りしめ――唾を呑み――セラを眺め――その小さな体に内包された未知数の可能性に思いを馳せ――
「……いや、やめておこう。興味深い力ではあるが、研究するにはセラの負担が大きすぎる」
ため息と共に、諦めたようだった。
「そうしてもらえるとありがたいね」
俺は苦笑交じりで肩を竦め――そしてふと気が付いた。
「……なあマシュー。どうしておまえは、ドロテアのことを隠してたんだ?」
そうだ――そうだった。
西棟の尖塔にひとり住まわせ、一歩も外に出さない。
日光に弱いからというのはわかるとしても、食事すら部屋の前に置くのみで、マシュー以外の誰の目にも触れさせようとしない。それは明らかにおかしいだろう。
ドロテアとの初遭遇時、あの性格よりも俺はまずそこに驚いたんだ。
わざわざ妹を束縛し、結果的に『西棟の幽霊』のような噂が産まれ。
そんなのどう考えたって不利にしかならないはずで……。
それは……それはまるで……。
「俺が思うにあれは……。あれはまるで、伝染病の患者への接し方のようだった」
「ああ……そうか。おまえは異世界人だから知らないのか」
「は? 何をだ?」
俺の質問に、マシューは忌々し気にかぶりを振った。
「貧血が頻発し、太陽光の刺激に敏感で、時に体調を崩す。だから私はこう思い、隠していたんだ。もしかしたらドロテアは、『吸血鬼』の『取り替え子』なのではないかと――」
「…………………………はあ?」
その言葉を理解するのに、本気で一分ほども時間がかかった。
だってそれは、どう考えたって――
こちらの世界に超自然的な化け物が存在する、そういう意味だから――
そういうのが存在する世界です。
まあセラの力の異形版という感じですね。
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