「ドロテア」
聖マウグストゥス神学院の広大な敷地にある西棟。
そのくっつきにある尖塔の最上階に彼女――ドロテア男爵家の息女ミュウの居室はある。
元々は野盗や敵対勢力相手の防御塔として建てられたものだけに、建物の造りは堅牢だ。
開口部も狭く、入ってみるとわかるが光もあまり差し込まない。
全体的に静かで、しわぶきひとつすら許さない荘厳な雰囲気が漂っている。
ドロテアの居室もまた、そうした歴史の澱の降り積もる中にあった。
扉に描かれた茨模様は角がとれ丸みを帯び、コンコンというノックの音にすらも年月を感じさせる何かがあった。
マシューが扉を押し開けるのと同時、室内で何かがガタゴトと倒れる音がした。
かと思うと、シタシタと素足がカーペットを打つ音が続いた。
「お帰り、兄さんっ!」
荘厳な造りも歴史的な背景もぶち壊すような勢いと共に、ひとりの少女がマシューを出迎えた。
年の頃なら14、5歳。
背中まで届く銀髪に琥珀色のくりくりとした瞳。
目鼻立ちの整った美しい少女だが、生成りのネグリジェから覗く肌は異常なほどに白く、下手に触れると折れてしまいそうなほどに線が細い。
「王都の様子はどうだった? ……ってあっ?」
思ってもみなかったのだろう俺たちの存在を目に止めた瞬間、少女はその場でピタリと硬直。
「ひああっ!? 人だっ、人がいるよーっ!?」
おかしな叫び声を発したかと思うとカーペットの上をまたシタシタ走り、そのまま部屋の奥にあったベッドにダイブ。
毛布にくるまり丸くなると、毛布とシーツの間からよく光る目をこちらに向けて来た。
「だ……誰なの……ってはっ!? 皆してわたしを捕まえに来たのねっ!? 嫌よ! 絶対牢屋なんかに入らないんだから!」
野良猫みたいにフシャーッと唸る少女。
「落ち着け、落ち着くんだドロテア。この人たちは敵じゃない」
両手を広げたマシューが少女――ドロテアをなだめている。
「味方だから。お前に危害を加えることはしないから」
「……味方? 兄さんみたいな気難しい人に味方してくれる人がいるの?」
「ぐうっ」
ものすごいカウンターパンチをもらっているマシューだが、そこはさすがに兄の威厳というべきか。
頬を引きつらせながらも妹をなだめきった。
双方がようやく落ち着いたところで、俺たちは軽く自己紹介をした。
初対面時の野良猫みたいな噛みつき具合とは一転、話してみるとドロテアはなかなかに順応力のある少女だった。
セラが俺の妻であるとかいういつもの世迷言や、ティア・マックス・オスカーの3人がセラ商隊の隊員という何度聞いてもわけのわからない説明すらあっさりと受け入れ、俺が異世界人であると聞いた時には跳び上がって大喜びする始末。
「……やれやれ、やっと解放されたか」
質問攻めから解放された俺は、部屋の隅にあるソファに座ると、ふうとため息をついた。
いや実際、異世界に興味を持つ者は数多いが、初対面でここまで聞き倒そうとする者はいないのではないだろうかというぐらい色々聞かれた。
「世界情勢や地理や文化ぐらいならまだしも、まさか学生時代のプライベートな話までさせられるとはな……」
「すまんな、あれは娯楽に飢えているんだ」
マシューが目顔で謝って来る。
「なんせ年中ここに閉じ込もりっぱなしだからな」
なるほど、そういう目で見てみればドロテアの居室には物語の記されたのだろう本や世界地図、外国のお土産と思しきお面や盾や槍(!)など不思議な物が数多く飾られている。
「……ふうん、自分の目で見る代わりに対外的な情報を欲してるってことか」
考えてみりゃ、半年ぶりに会う兄を労わるより先にいきなり王都での出来事を聞こうとしてたぐらいだしな。
情報に餓えてるのは間違いないだろう。
なるほどと納得している俺はさて置き、ドロテアはセラやティアと3人で何事かをお喋りしている。
きゃいきゃいわあわあ、実に楽しそうにしているが……。
「……こうして見ると、病人には見えないな」
俺の脇に佇立していたオスカーが、ドロテアを眺めながらポツリとつぶやいた。
もともと無口なこいつは、最初から会話に加わっていない。
居室の中を見渡し、ドロテアやマシューの表情をじっと探り、まるで何かの調査官みたいな感想を述べる。
「まあ表面上はな。だがよ、どう考えたって細すぎるだろ。なんらかの要因によって栄養摂取が阻害されてると思うのが普通だ」
「なんらかの要因とは?」
「ウイルスに寄生虫、ガンにホルモン異常、糖尿に消化器系の病気。痩せる理由は様々考えられるがな、ともかく成長に必要なエネルギーが足りてねえんだ」
「ううむ、ずいぶんと難しい用語が多いな……?」
こちらの世界の住人を一切気遣わずに発した俺の言葉。
オスカーがううむと唸る一方、マシューはここぞとばかりに食いついて来た。
「ジロー、おまえに頼みたいのはまさにそこなのだ」
妹の、ドロテアの体の異常を訴えてきた。
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