「西棟の幽霊」
「……ジロー、恥を忍んで頼みがある。私の妹を救ってはくれまいか」
腰を折り、頭を下げ。
それまでの居丈高な態度とは裏腹の神妙なそれに、俺は思わずぎょっとした。
それは周りの皆も同じようで、セラなどはこの世の終わりが来たみたいな顔をして驚いている。
「……ああ、いいぜ」
ぎょっとした俺だが、すぐに立ち直った。
なぜなら、事前に事情を聞いていたからだ。
グランドシスターよりも長くこの神学院にいるチカさんに。
次男とはいえれっきとした男爵家の息子のマシューが、俺なんかに頭を下げてまでする頼みごとに、心当たりがあったからだ。
「救えるかどうかは知らねえが、一応話を聞くぐらいはな」
「すまない……助かる」
食堂中がざわめく中、俺とマシューは歩き出した。
少し遅れてセラたち料理番4人組も後に続いた。
てくてく、てくてく、てくてく、てくてく。
食堂から外回廊へ出て、広大な芝生の上を歩いて5分。
マシューの目指している所がどこなのか気づいたセラとティアは、たちまち恐慌状態に陥った。
「これってあれだ!? にしとーの幽霊のいる……!?」
「幼い子供を好んで食べる幽霊のいる……!?」
『きゃああああーっ!?』
飛び上がって震えるふたりの子供。
ふたりの目の前にそびえ立つのはずんぐりとした格好の修道院の研究棟西棟。
その端っこにくっつくようにして建っている尖塔には、夜にすすり泣く女の幽霊が出るという。
「……風が鳴きやすい地形ってだけだろ、くっだらねえ……っ」
精いっぱい虚勢を張る男の子なマックスだが……残念。膝がガクガクと震えている。
目尻には涙が浮かび、もうそろそろ限界だというのが伝わってくる。
「……」
一方オスカーは幽霊に怯えてはいないようだが、左右に油断なく気を配り、マシューの張った物理的な罠を警戒しているようだ。
この辺はまあ、武闘派なこいつらしいというべきか。
「まあ、まあ、落ち着けって」
俺は皆の方を振り返ると、ひょいと気楽に肩を竦めた。
「いいか皆、幽霊なんぞこの世にいやしねえ。木の枝や木の葉が人の顔に見えるのは心理的な錯覚だし、うめき声に聞こえるのは風の共鳴か木の葉の擦過音。それでも何かが見え、何かが聞こえるのだとしたらそれは紛れもなく――そこに生きている何者かがいる証だ。……なあ、そうだろ? マシュー」
俺の問いに、マシューはこくりとうなずいた。
「お前は知っていて、他は知らないようだな。ならば説明しよう。今向かっているのは研究棟の西棟だ。そのくっつきには尖塔が建っていて……」
俺は立ち止まると、目の前にそびえる尖塔を見上げた。
元は防衛拠点だったのだとかいうゴツい円錐形の尖塔には、あちこちに傷がついている。
「そこには、私の妹が住んでいる」
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