「決着!」
「な……なら貴様には出来るんだろうな!? 宗教的に正しく、人を幸せにし、子供の成長に向いた料理が!」
顔を紅潮させて怒るマシューはさて置き、俺は皆の前に料理を並べた。
グランドシスターを始めとした審査員たちはもちろんだが、ひさしぶりに俺の料理が食べられるとなった子供たちはわくわくしきりで……。
「今日はなんだろう?」
「何か特別な料理かな?」
互いに顔を見合わせ期待感をぶち上げているが、残念。
決闘のルールに従い、特別なものは作らない。
俺のいた世界でのとある修道院の食事戒律に基づいた、日常的に供されるもののみ。
具体的には四足獣を食べず、パンと二皿、プラス果物という一汁二菜的な構成だ。
一皿目は多くの場合スープやサラダだ。料理全体のボリュームを考えお粥やパスタなんかの炭水化物にする時もあるが、今回はトウモロコシのグリーンサラダにした。
んで二皿目と果物は。
・ハーブ香る鴨肉のカスレ。
・シナモンとイチジクのコンポート。
カスレはフランス南西部の郷土料理だ。
ソーセージや鴨肉などを白インゲン豆と香味野菜と一緒に煮込んだもの。
太古の戒律を守る厳格な修道院なら、鴨肉すら許さずその部分を魚に変えるのだろうが、食事に関する戒律は時代を経るごとに緩くなる。
それにやはり、子供たちの成長を栄養面から支える料理人としては肉を食べさせたい。
よって今回は鴨肉のまま続行。他は白インゲン豆と玉ねぎとニンジンセロリ。
香味野菜はハーブ園のチカさんから提供してもらったタイムとローリエ、セロリの葉と一緒にブーケガルニにして使用。
イチジクのコンポートは赤ワインと蜂蜜でイチジクを煮詰めたもので、仕上げにシナモンを加えることで大人の香りのする一品に仕上がっている。
シナモンと香味野菜と鴨肉の発する香りが食堂中に漂い、皆は早くもうっとりとした顔をしている。
「ふわあ~……もうこの空気が美味しそうっ」
セラ氏は両手を揉み合わせながらわけのわからんことを言っているが、気に入ったのならよかった。
「それでは皆さん、いただきましょうか」
明らかにウキウキしているグランドシスターの言葉を号砲に、子供たちは一斉に料理にかぶりついた。
そして次の瞬間――
『美味ああああああ~いっ!』
食堂中に子供たちの歓声が鳴り響いた。
「ふわあああ~、美味しいようっ。ホロホロ崩れたお肉の間からお出汁が染み出て口中に広がって天国みたい~」
肉大好き肉原人のセラ氏は瞳に星をキラキラさせながらカスレを絶賛。
「隊長っ、隊長っ。これパンと一緒に食べるともうさいkgdklづrhb」
食いしん坊のティア隊員は興奮しすぎで言葉の誤変換を起こすほど。
「い……イチジクとはこんなにも美味いものだったのか。こんなの毎食でも食べたい……いや、なんでもない」
イチジクのコンポートの美味さに衝撃を受けたのだろうオスカーは甘味にはしゃぎ我を忘れかけたが、寸前のところでブレーキをかけることに成功。
布巾で口元を拭い、必死にキャラを保とうとしている。
「くっ……なんだこんなもの……っ」
自分が得られなかった絶賛の嵐の中、マシューは悔し気にスプーンを掴むと、カスレをすくい口に含んだ。
「うっ……?」
次の瞬間、マシューは電流でも走ったかのように動きを止め、スプーンを落とした。
「おう、どうしたマシュー。あまりの美味さに声も出ないか?」
全力で煽ると、マシューはしばしの間を置いて再起動を開始。
悔し気な瞳で俺をにらみつけると。
「これは美味い……たしかに美味いがっ」
ビシリ俺を指差すと。
「鶏肉はたしかに主のお認めになられた肉だが、これではあまりに多すぎる!」
ルキウス教において四足獣、特に豚は不浄な生き物なのであまり多くを食べてはいけないのだとか。
鶏肉はたしかに認められているが、かといってなんぼ食べてもいいわけではないのだとか。
その他にも塩分が濃いだの砂糖が多すぎるだのなんだのとさんざん文句を垂れてきたが……。
「そもそも砂糖は使ってない。コンポートに使ったのは蜂蜜だ」
と、まずはひとつ大きな誤解を指摘。
蜂蜜と砂糖の甘さを間違えるとかどうよという強烈な一撃で殴られたマシューはぐっと詰まった。
さらにさらに。
「塩分に関しては一日単位で考えてる。子供たちの年齢のことも考え、一日の摂取量は5~6g程度。肉体労働などで汗を流した時は幾分か増量するようにしてる」
「そ……そこまで考えてっ?」
まさかそこまで考えているとは思わなかったのだろう、マシューは明らかに動揺し後ずさった。
「肉の過剰摂取を問題視するのもわかる。適量ならいいが摂り過ぎれば腸内環境が悪化し、生活習慣病や心臓病などのリスクに繋がるからな」
お肉大好き肉原人のセラ氏、自らの胸を抑えハッと慌てた様子。
「病気のことだけを考えるなら、こいつらぐらいの年齢で摂取していい肉の量は一日100g程度。だがそれは、成長の可能性との折半でもあるんだ」
「……どういうことだ?」
「人間の体を構成する材料となり、同時にエネルギー源ともなるのがタンパク質だ。タンパク質はアミノ酸の集合体であり、人間の体内では合成出来ないアミノ酸も存在する。そして、外部から摂り入れるしかないアミノ酸を摂取するのに最も効率の良い方法が肉食なんだ」
例えばこんなデータがある。
日本の古墳時代の平均身長よりも江戸時代のそれの方が10センチ近く低かったというのだ。
遥かに文明の発展した江戸時代よりも古墳時代の方が高い理由、それは肉食の文化が無くなったからだと言われている。
また、肉食文化の解禁された明治以降の100年間で、日本人の平均身長は15センチ前後も上昇している。
もちろん、魚からでも動物性タンパク質は摂取出来る。
しかし肉にはそれに加えてビタミンB群などの成長に必要な栄養素が多く含まれているのだ。
「成長のための栄養素を子供の頃からふんだんに摂取する。日常の労働により頑健な肉体を作る。多少の偏りや成人病の対策は、それから考えても十分に間に合う」
中世~近世のヨーロッパにおける平均寿命は30を下回る。
新生児の死亡率が恐ろしく高く、20歳になるまでに半分が亡くなるからだが、その主な原因は飢えと病気によるものだ。
充分な栄養素を摂ることが出来なかった子供たちは体つきも貧相でケガをしやすく、病気にもかかりやすかった。
「宗教的な戒律はたしかに心を救い、豊かな一生を約束してくれるもしれない。だが、体を丈夫に保つことは出来ないんだ。そして俺には、そのための知識がある。平均寿命80を超える社会を生み出した、栄養学の知識が」
料理は科学で、栄養学ともイコール関係にある。
最新の研究によって得られたデータを基にした俺の言葉に、マシューはぐうの音も出ない。
「その上で一年後、子供たちにはここで得た知識や経験を自分たちの修道院に持ち帰って欲しいと思ってる。各修道院ごとに地理問題や経済事情は違うし、上手く再現出来ない部分もあるだろうが、子供たちが健康的に成長出来る可能性が少しでも上がるなら、苦労するだけの価値はあると思ってる」
『………………』
審査員が、子供たちが、もの言いたげな目でマシューを見ている。
その意図を察したマシューは、がっくりと頭を垂れた。
「……わかった、私の負けだ」
宗教的に正しく、人を幸せにし、子供の成長に寄与する。
決闘のルールをすべて守った上でさらに美味い料理を作った俺に、マシューは敗北を認めた。
「貴様を料理番に戻すと約束しよう」
この敗北宣言に、子供たちはわっと歓声を上げた。
「やった! ジローの勝ちだ! これでまたりょーり番に戻れるね!」
「ジローさんの料理がまた食べられるんですね!」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶセラとティア。
グランドシスターたち大人も満足そうにうなずき、本日の決闘はこれにてお開きといったところだが……。
「……ジロー、恥を忍んで頼みがある」
神妙な顔をしたマシューが、なんとこの俺に向かって頭を下げて来て……。
「私の妹を救ってはくれまいか」
料理決闘決着、そしてマシューの願いとは?
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