「肉汁に関する迷信」
「なあマシュー。肉を焼く時に表面を強く焼いて肉汁を閉じ込めると良いって話、聞いたことあるか?」
「は? なんだ急に。そんなの当たり前だろう」
怪訝な顔をしつつ振り返るマシューに、俺は言った。
「いや、実は迷信なんだそれ」
「…………は?」
俺たちのやり取りはさて置き、マシューの料理を口にした子供たちは皆一様に死んだような顔になっていた。
あの食いしん坊のセラやティアまでもがスプーンを運ぶ手を止め、目を閉じて眉間に皺を寄せている。
俺も一口食べてみたが、特別まずいというわけじゃない。
だが、致命的に味が薄いのだ。
「何だ、何を言ってる? 迷信だとっ?」
一方、自分が信じていた作業を否定されたことがショックなのだろう。
マシューは料理の評価以上に俺の言葉に食いついて来た。
「そうだ。俺のいた世界の研究によるものなんだがな。肉の表面を焼いても水分は保たれない。実際にはむしろ失われる分が多いんだ」
「な……ならなぜっ!」
「――強く焼いた方が美味くなるのか?」
「そ…そうだ!」
マシューのそれは至極当然の疑問だ。
だが、それに関しても答えはすでに出ている。
「メイラード反応だ。肉を褐色になるまで焼くことで生じた化学変化が好ましい香りを立たせ味を変質させる。それを人が『肉汁たっぷり』と感じているだけに過ぎない。もちろん結果的に美味くなったならそれでいいよな? だが過程の捉え方が間違っているんだ。そして料理人は、その過程を正しく認識しなけりゃならない職業だ。例えばこれ……」
俺はスズキにフォークを突き刺し口に運んだ。
味気の無い身を咀嚼し、無理やり呑み込んだ。
「おまえは塩味を薄くしすぎた。そのせいで塩の対比効果が生じなかった」
「対比効果……?」
「ほらあるだろ。甘い果物に塩をかけて食べたりとか。適度な塩が他の食材の旨味を引き出すんだ」
「だ、だが過剰に塩を摂取するのは体に悪いという研究結果が……!」
「それはもちろんその通り」
例えば中世ヨーロッパにおいて、肉や魚と言えば塩漬けだった。
何せ食材の重量の4割近い塩を必要とする塩漬けだ。
塩抜きをしたってそれらが綺麗さっぱり抜けるわけもなく、多くの人は塩味を我慢しながら食べていた。
塩の過剰摂取は当然体に悪く、高血圧や腎不全など様々な病気を引き起こす。
当時の人の寿命の短さにはそれも影響しているのじゃないかと俺は思う。
「だけど最低限ってものがあるだろう。これじゃあまりに薄すぎだ」
俺の意見に同意なのだろう、セラは腕組みして「うむうむ」と偉そうにうなずいている。
「料理の旨味は大事な要素だ。美味しいものを食べることで人は脳内麻薬を生み出し、幸せになりストレスを減らすことが出来る。胃腸の活動が活発になり栄養の吸収効率が上がり、イコール子供たちの成長にもつながるんだ」
さんざんに言い負かされてストレスが溜まっているのだろう、マシューは顔を真っ赤にしぷるぷると震え出した。
「な……なら貴様には出来るんだろうな!? 宗教的に正しく、人を幸せにし、子供の成長に向いた料理が!」
ビシリとばかりに俺を指差しながら叫ぶマシューに、俺の答えは決まってる。
「もちろんだ」
今回のことはあくまでジローの私見です。
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