第六十八話「果実(食レポ)」
プチッ
張りのよい果皮に歯列を突き立て、子ミカン大の果実をガブリと齧る。
初めて食べる異界の果実。
瞳を閉じて、ゆっくりと咀嚼を開始する。
果皮は薄く、果肉は柔らか・・・。
果皮、果肉の雰囲気としては、桃が近いだろうか。
苦味、渋味、えぐみ・・・危険な味、不快な味は一切感じられない。
葡萄では・・・ない。
もぐもぐ もぐもぐ
しかし、不思議な果実である。
この果実からは、果実特有の香りや酸味と言ったものも一切感じられないのだ。
唯一感じ取れるのは、自然な甘み。
品種改良された甘い果実を思い返せば、少し薄味の果糖である。
もぐもぐ もぐもぐ
瞳を閉じたままに、咀嚼を繰り返す。
前世と比べれば、数段は落ちる果実の味。
だが、僕の身体は喜んでいる。
転生一日目。
食料、幼虫。
転生二日目。
食料、骨髄
転生三日目。
食料、黒サソリ。
その悉くがタンパク質。
僕の身体には、糖分が枯渇しているのだ。
ありがたい。
これは、転生以来初めて口にする糖分である。
舌面に張り巡らされた5千を超える味覚受容器官“味蕾”が舌の上を流れる果汁に強く反応し、人生初の糖分に口内から多量の唾液が分泌される。
うん、いい。
薄いはずの糖分が、凄く美味しい。
ゴクン
ああ、僕の脳細胞に糖分が送られていくのを感じる。
僕の身体は、これを食べたかったのだ。
瞳を開けて、齧った果実の断面を確認する。
黒色の果皮。
されど、果肉の色は、クロスグリのジャムを思わせる深い赤。
赤い果汁が、指先から手首へと伝い落ちる。
もぐもぐ もぐもぐ ゴクン
もぐもぐ もぐもぐ ゴクン
枝の上、のんびりゆっくり果実を食べる。
果実に含まれる糖分の少なさから考えて、この果実はリンゴよりもヘルシー。
リンゴ1個あたりのカロリーが150キロカロリーであることから、この果実をもって一日に必要とされるカロリーを満たそうと考えた場合、10個以上の摂取が望ましいのだろうか。
うーん、食べられるかな。
もぐもぐ もぐもぐ ゴクン
もぐもぐ もぐもぐ ゴクン
樹上の木の葉が程よく日光を遮り、木漏れ日が風に揺れる。
そろそろ正午だろうか。
太陽が高い。
※クロスグリとは
クロスグリ=ブラックカラント=カシス
北海道や青森のような日本北部で栽培されている果実です。
日本南部では馴染みの少ない果実かもしれません。




