第六十七話「果実」
水源で遭遇したアンキロサウルスの足跡が続く先。
果実の実る木の下で、樹上高くに生った果実を見上げる。
房状に実る射干玉色をした艶やかな果実。
果実の重みを受けて嫋やかに撓る茎の様子は、咲きしだれる藤の花を思い出させる。
「一房、二房、三房・・・たくさん。凄い。たくさん生ってる。」
葡萄だろうか。
この一つの房に無数の黒い果実が実る様は、葡萄の特徴そのもの。
いや、ちょっと違う。
房状に生った果実は、実の一つ一つが触れ合わぬ程に疎らで、実一つ分程の一定の間隔を保って規則的に実っている。
葡萄ならば、実の一つ一つが密に触れ合っているはずである。
加えて、アーモンドのような楕円形をした葉の形。
僕の記憶が正しければ、葡萄の葉の形状は、シソやカエデのようなギザギザと広がった形をしていたはずだ。
「これは、何の果実なのだろう。」
ぐ~
樹上の果実を前にして、空っぽになった胃袋が果樹に対する考察を阻害する。
そういえば、昨日の夜明け前に黒サソリを食べて以降、僕は何も食べていない。
経過時間、24時間超。
あかん。
「とにかく食べよう。」
果樹の低きには、かつて果実が実っていたと思われる幾つもの房が残されている。
アンキロサウルスのお墨付き。
この果実、食の安全は保証されているのだ。
おいしょ おいしょ
推定樹高、およそ5m。
幹の後ろ側をしっかりと両手でホールドし、幹の前側に両足の足の裏を押さえつけ、屈伸運動を用いて果樹を登る。
アンキロサウルスは、食べやすい低所の果実のみを食べて去って行ったのだ。
僕に残されたのは、高所に残る果実のみである。
おいしょ おいしょ
果樹の高さ半ば程の所で太めの枝に腰かけ、高所から枝垂れる果実の房を引き寄せる。
ほむ。
疎らな果実の隙間から見えるスミレ色をした鮮やかな房。
近くで見ると、葡萄よりもかなり大きい。
実の一つの大きさが、子ミカンサイズ。
房の大きさに関しては、50cm以上である。
もぎもぎ もぎもぎ
手繰り寄せた房の中から、果実を一つ毟り取る。
指先から感じる果皮の薄さと、中に詰まった果肉の瑞々しい弾力。
この感触は、収穫したばかりのナスやトマトに近い。
ほむほむ。
食べてしまう前に、子ミカン程の果実を両手で持って観察する。
黒い真珠を思わせる射干玉色の上品な果皮。
うん、とても綺麗。
でも、何かが心に引っかかる。
この果実を見ていると、何か不思議な懐かしさが込み上げてくるのだ。
「食べたら・・・何の果実か分かるのかな。」
葡萄の味がしたら葡萄。
葡萄の味がしなかったら、葡萄以外である。
と言うことで。
「いただきます。」
この時点で何の実か分かる人が居たら凄いです。




