第五十九話「お風呂(泥浴び)」
太陽の位置から考えて、今の時刻は午後の3時といった所だろうか。
ここから寝床までの距離は、徒歩にして約1時間。
午後の4時までに出発すれば、日暮れまでには寝床に到着することができるだろう。
残り1時間のフリータイム。
目の前にあるのは、頭が一つが入るほどの小さな水源。
ああ、日本人としての本能が疼く。
ゴクリ
「よし、お風呂にも入っちゃおうかな。」
日本人たるもの、お風呂は大事なのだ。
そうと決まれば、大急ぎで水源の拡張である。
40分で湯船を掘り上げて、20分の入浴を楽むのだ。
バシャッ バシャッ
水源を起点にして、少しずつ周りの地面を掘り下げていく。
これは、5歳児が入浴する湯船なのだ。
サイズとしては、30cm四方まで拡張できれば十分だろう。
バチャッ バチャッ
伏流水の湧き出す水源に両手を突っ込んで、水源の底から土を掻き出していく。
湯船には、十分な深さが必要なのだ。
「でも、湯船を深く掘るのって難しいな。」
土は水分を含んでいてずっしりと重く、水源の底から土を掻き出した所で、すぐに周りの土が崩れて掘った穴を埋めてしまうのだ。
水源の深さを確保することは、水源の広さを確保することよりも難しい。
「ここまでかな。」
作業にかけた時間は、およそ40分。
何とか水源の広さを30cm四方に拡張することはできたが、その深さは20cmにも満たない。
本当はもう少し湯船を深く掘り下げたかったのだが、仕方ない。
日没は、決して待ってはくれないのだ。
今日の所は、この小さな湯船で良しとしよう。
「さて、お風呂に入ろう。」
服を脱いで近くの木の枝に掛けて、湯船へと歩みを進める。
急いで掘ったので、全身どろどろ、その上汗だくである。
制限時間は20分。
さあ、ゆっくりとお風呂を楽しもう。
ザボンッ
両足でジャンプをして、お風呂に飛び込む。
深さにして、膝下程度。
泥水の飛沫が、川床を舞う。
転生三日目にして、初めてのお風呂である。
湯船に腰を下ろして、お風呂に浸かる。
さすが、さすが地下を流れる伏流水。
とても、、冷たい!
「あぁ~~~っ!!」
あまりの冷たさに、声が出てしまう。
だが、40分もの間、必死に地面を掘ってたのだ。
火照った体に、この冷たさが気持ちいい!!!
すりすり すりすり
浅い湯船と言えど、体育座りをすれば、それなりに半身浴である。
泥水を掬い、手足を順番に洗っていく。
特に、手を綺麗に洗おう。
リュウゼツランの汁のかかった部分が痒いのだ。
しゃばしゃば しゃばしゃば
泥水に髪を浸けることで汚れを浮かせて、頭髪を洗う。
5歳児と言えど、男の頭皮は繊細なのだ。
ゆっくり、優しく洗っていこう。
そうして、一通り体を洗い終えて、仰向けにリクライニングするように湯船に浸かる。
小さな湯船からは、手足が外にはみ出る。
ああ、気持ちいい。
「お風呂と言うより、泥浴びなのかな。」
テレビで泥浴びをするカバを見たことはあれど、泥浴びとは、これ程気持ちのいいものだったのか。
うん。
これからは、毎日泥浴びをしよう。
何も無い川床の真ん中で湯船に浸かり、空を見上げて瞳を閉じる。
瞼越しに感じる太陽の光が、暖かくて心地いい。
ああ、これは・・・。
「極楽だ。」




