第三十話「朝露(食レポ)」
岩山を裾野まで降りると、そこには朝露を纏った深緑の森が広がっていた。
湿度を含んだ森の空気は、荒野の乾燥した空気よりも幾分か和らいで感じられ、深く息を吸い込めば、湿度の高い森の空気に肺が潤され、森の香りに心が癒される。
森の奥へと意識を向ければ、森の木々からはポタリポタリと水の滴る音が聞こえてきており、木々の葉先からは溜まった朝露が雫となって落ちてきている。
また、木々の根本や岩肌には、深く生した苔が豊潤な朝露に包まれており、その表面にはキラキラと光るいくつもの水滴が輝いて見える。
「よかった。今日は水が飲める。」
このようなサバイバル生活において最も大切なこと、それは水の確保である。
人間は三週間から一カ月の絶食に耐えることはできるが、三日間の絶水で死亡してしまう。
水とは、命そのものなのだ。
一日に必要な水の量は2リットルと言われているが、昨日飲んだ水の量は精々200~300mlといった所だろう。
昨日の尿では、圧倒的に量が足りなかったのだ。
その上、乾燥した荒野で寝泊まりをしたせいで、呼気からも多くの水分を奪われている。
喉は既にカラカラなのだ。
とにかく、早く水を飲もう。
寄生虫や雑菌が繁殖している可能性のある川の水は煮沸しなければ飲めないが、空気中の水分が結露した朝露ならば煮沸しなくとも飲むことができる。
加えて、苔には天然の殺菌・抗菌能力が備わっている。
つまり、この朝露は、安全にして新鮮。
おそらく、この森で手に入れることができる最高の水だろう。
それでは、苔に浮かんだ朝露を飲んでみよう。
岩肌に生えた分厚い苔をバリバリと引き剥がす。
滑らかな岩肌に生えた苔は、力を入れずとも簡単に剥ぐことができる。
「これは凄いな。」
岩肌から持ち上げただけだと言うのに、剥がした苔からは朝露が水の筋となってチョロチョロと流れ落ちている。
これでは、流れ落ちる水が勿体ない。
朝露が落ちきる前に少しでも飲んでしまおう。
空を見上げて口を開け、苔から流れ落ちる水の筋を口内へと導く。
朝露がとつとつと口の中へと流れ込み、乾いた喉を潤す。
転生して初めて飲む純粋な水である。
ああ、美味しい。
流れ落ちる朝露をひとしきり飲み切り、息を吐き出す。
鼻から草の匂いが抜け、心の中に新緑の草原が広がった。
そういえば、この分厚い苔は、僕よりも先に朝露の雫を十分に飲んでいるのだった。
この鼻に抜ける香りは、植物の水孔から放出された余剰な水分に由来するものだろう。
植物には、吸い過ぎた水分を水孔から放出する機能が備わっており、その放出される水分の中には、植物が育つために必要な栄養素であるカリウムやカルシウムなどのミネラルが含まれている。
この草の匂いを青臭いと嫌う人も居るかもしれないが、この深い森の中、鮮やかな緑を前にしてこの匂いは悪くない。
むしろ、野趣があっていい。
この青臭い香りが、大自然の中で“生きている”と実感させてくれるのだ。
手に持った苔の表面には、まだたっぷりと朝露の雫が蓄えられており、絞れば水を含んだスポンジのように水がボタボタと零れ落ちる。
もっと飲もう。
一度に吸収される水の量は、精々200mlだ。
でも、どうでもいい。
頭の上で苔を絞り、開けた口の中に朝露を落とす。
美味しい。
美味しい。
「ああ、生き返る。」
がぶがぶ
がぶがぶ
喉を鳴らして水を飲む。
今手に持っている苔は、もう三つ目である。
「ふぅ、もう飲めないや。ごちそうさまでした!」
持ち上げていた苔を下ろし、手で口を拭った。
【持ち物】
白い布
蔦の命綱
石
【スキル】
木登りLv.1
崖登りLv.0
火おこしLv.1
【生産】
蔦の命綱
アカシアの防護柵




