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「えっ……でも……」

「リュカを閉じ込めておく方が可哀想だから。それに……うん、そうだな。これらの家具は結婚しても使う予定だから気にしなくてもいいっていえば分かる? 遅かれ早かれリュカにやられるなら今やられても同じでしょう?」

「ですが……」

「猫を飼っているのならこういうことも当然だし、家具なんだから気にしなくていいよ。私たちは壊れるまで丁寧に使えば良い。傷が多少あったところでスピカだって気にしないでしょう?」

「も、もちろんです」


 そんなことを気にするようでは猫は飼えない。

 上手く言いくるめられた感はあるが、言われたこと自体は嬉しかった。

 アステール様の厚意に甘え、リュカは出したままにさせてもらう。

 私たちは今のうちにお茶だ。

 出されたアフタヌーンティーはどれもとても美味しかった。

 季節の果物が使われた城の料理長渾身のアフタヌーンティー。見た目も芸術品のようで食べてもいいのか一瞬躊躇う。

 リュカは人間の食べ物には興味がないらしく、私たちが食べていても見向きもしない。

 レモンが練り込まれたスコーンをかじる。

 お茶と一緒に楽しんでいると、アステール様が言った。


「そういえば、話しておきたいことがあったんだけど」

「はい、何ですか?」


 手を止め、アステール様を見る。彼は持っていたティーカップを置き、私に言った。


「来月の話なんだけど、私の誕生日だって覚えてる?」

「はい。もちろんです」


 王国の王子の誕生日を知らない貴族はいないだろう。

 アステール様だけでなく、当然ノヴァ王子の誕生日だって覚えている。

 頷くとアステール様は「その話」と言った。


「誕生日当日、パーティーが開催されるのは知っているよね」

「はい」


 王族の誕生日には、午後から夜にかけて、盛大に宴が催される。

 私もアステール様の婚約者として毎年参加しているのだ。


「それが、どうかしましたか?」

「君に、私の婚約者として隣に立って欲しくて……」

「?」


 意味が分からず、首を傾げた。疑問をそのまま口にする。


「ええと、今までもそうだったと思いますけど」

「そうじゃない。いや、そうなんだけど……ええと、何と言えば分かってもらえるかな」


 少し考えた様子を見せたアステール様はやがて「うん」とひとつ頷いた。


「今までの君は、義務として私の側に居てくれただろう?」

「はい、そうですね」

「今年はそうではなく、恋人の君に側に居て欲しいって思うんだ」

「??」


 余計分からなくなった。更に首を傾げる私に、アステール様が苦笑する。


「うーん。分からないか」

「すみません」

「謝らなくていいよ。でも、そうだね。いつもみたいにツンと澄まして立っていないで欲しいってことかな。誕生日パーティーでも恋人らしくイチャイチャしたいって言えば分かる?」

「えっ……」

「せっかく気持ちが通じ合ったんだ。今までみたいな距離感は嫌なんだよ」

「ええーと……」


 イチャイチャしたいと告げるアステール様を見つめる。

 王子の誕生日パーティーは当たり前だけれどかなり盛大な宴だ。

 国内貴族はほぼ全員集まってくるし、なんならうちの両親だってやってくる。

 そんな中でイチャつけと?


「そ、それは大分無茶なお話では?」

「どうして? むしろやるべきだと思うけど。私が婚約者と仲が良いって見せることは大切だと君は思わない?」

「別に今までも仲が悪かったわけではないですし」

「今は特別に良いんだから、その辺り、見せつけたいんだよ」


 楽しげに言われ、あ、これ、アステール様がやりたいだけだなと気がついた。

 周囲の思惑などどうでもいいのだ。ただ、アステール様がそうしたいだけ。


「アステール様……」

「良いでしょう? 本当は今までだってずっとそうしたかったんだからさ」

「……」


 さすがにそれは駄目だと言おうとしたところで告げられた言葉を聞き、何も言えなくなった。

 アステール様の気持ちを完全に誤解し、義務だけの婚約者と思っていたのは私だったからだ。

 その間ずっとアステール様を悲しませていたのかと思えば、少しくらい譲歩するべきかと考えてしまう。


「……」

「スピカ、ね、駄目?」

「……」

「私は、皆に、スピカと仲良しなところ見せたいんだけど」

「……」

「スピカ、ねえ、お願い」


 じっと見つめられ、意地がくだけた。

 悪いことをしたなという罪悪感がすごかったのだ。


「わ、わか……分かりました……」


 結局私が言えるのは、この言葉しかなくて。

 イチャイチャってどうすれば良いんだろうと思いつつ、なるようにしかならないかと考えることを放棄した。


◇◇◇


「では、そろそろお暇しますね」


 話をしているうちに、帰る時間となった。

 時刻はそろそろ夕方になろうかというところ。思ったよりも長居してしまったが、とても楽しい時間だった。


「馬車まで送るよ」


 アステール様がソファから立ち上がる。私は頷き、カーテンを見た。

 リュカは結局カーテンの中から出てこなかったのだ。

 緊張しているのかと思いきや、カーテンの中でお腹を出して寝ていたり(頭だけがカーテンに入っているような間抜けな姿だった)、尻尾を振って機嫌よさげにしていたり(尻尾だけが見えていた)と好きに過ごしていたようだったので、彼なりに楽しんでいたのだと思う。


「リュカ、帰るわよ」

「なあ」


 返事はあったが、出てこない。

 仕方なくカーテンのところまで迎えにいくと、リュカは一生懸命何かを観察していた。

 何だろうと思い……その正体を見て、「げ」と思った。


「リュカ……」


 リュカが見ていたのは、今にも死にかけのコオロギにも似た黒い虫だったのだ。

 その虫は仰向けにひっくり返り、ひくひくとたくさんある脚を動かしている。


「ひえっ……」


 思わず目を逸らした。

 別に虫が特別苦手というわけではないが、それでも積極的に見たいとは思わない。

 だがリュカにはとても楽しい催し物のようで、目をキラキラさせている。

 その姿はとても可愛らしいのだけれど。


「……リュカ」

「どうしたの?」


 気になったのか、アステール様もやってきた。私が見たものに気づき、「ああ」と納得したように言った。


「ずいぶんと楽しげな様子だなと思ったら、虫を見ていたんだね」

「……みたいです」


 複雑な気持ちで返事をする。私はあまり見たいとは思わないが、リュカは違うのでそれを否定する気はない。だけど、そろそろ帰らなければならないのは事実なのだ。


「リュカ、帰りましょう」

「……」

「リュカ」


 ブンブンと尻尾だけで返事をされた。嫌ですけど? というのが伝わってくる尻尾の振り方だ。

 帰らなければならないのは私の態度からリュカも察しているのだろう。だけど嫌だと、そう訴えているのだ。


「駄目。もう時間だから」

「にゃあ(嫌)」


 仕方なく抱き上げると、リュカは抵抗するように短い足でケリケリしてきた。もっと虫を見ていたいとそういうことらしい。



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一迅社ノベルス様より『悪役令嬢らしいですが、私は猫をモフります3』が2022/8/1に発売しました。電子書籍版も発売中。よろしくお願いいたします。
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