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「ただいま帰りました」


 まさかの馬車の中でファーストキスを経験してしまった私は、顔を真っ赤にしつつ、タラップを降りた。

 あのあとのアステール様はとても上機嫌で、喜んでくれているのが分かって私も嬉しかったのだけど、それ以上に恥ずかしかったのだ。


 ――こ、恋人になったとほぼ同時にキスなんて、想像もしなかったわ。


 その時のことを思い出し、頬に両手を当てる。

 勝手な話だけれど、そういう男女のアレコレは、もっとあとのことだと勝手に思い込んでいた。

 アステール様のことは好きなので、性的接触が嫌だというわけではないのだけれど、ようやく両想いになったばかり。そのことだけで胸が一杯なのだ。正直に言うと、もう少しペースを抑えて欲しい。

 

 ――で、でも婚約者でもあるんだもの。そういうことになってもおかしくない……のよ、ね?


 恋人というだけではなく婚約者。結婚の予定がバッチリあるのである。多少の進展はあるかもしれないと覚悟しておいた方が良いのかも……と思い、そんなことを考えてしまう自分がとても恥ずかしかった。


 ――うう。それって、私が期待しているみたいじゃない。


 みたい、ではなく、事実期待していることには気づいていた。

 誤魔化したいところではあるが、自分の本心くらいどこにあるか分かる。

 私は、嬉しいのだ。

 アステール様が私を見てくれて、求めてくれるのが。

 それに喜びを持って応えられる今の自分の状況が信じられないくらいに嬉しい。だから期待してしまう。

 もっと私のことを欲しがってくれないかなと思ってしまう。

 今まで散々待たせていたくせに、恋人になった途端これかと言われても何も言い返せない。だけど仕方ないではないか。

 私はアステール様のことが好き、なのだから。


「スピカ?」


 暴走する己の恋心に振り回されていると、アステール様が声を掛けてきた。彼は片手にリュカの入ったキャリーケースを持ってくれている。私が持つと言ったのだが聞いてはもらえなかったのだ。

 もしリュカが暴れて、万が一落としてしまうようなことがあれば大問題。男の自分が持っていた方が安心だと説得されてしまった。


「どうしたの? ぼうっとして」

「すみません。少し考え事を」

「考え事?」


 使用人たちが頭を下げる中、ふたりで屋敷に入っていく。二階へ続く階段を上りながら考えていたことを告げた。


「ちょっと今の状況が信じられないなって思ってしまって。その……夢みたいだなって」

「夢なんかにされたら私が困るよ。やっとスピカに好きだって言ってもらえたのに」


 ムッとした顔で返されてしまった。その表情がどうにも愛おしく思えてしまう。

 だからか、自然と柔らかい声になった。


「そうですね。私も夢だったらがっかりです」


 アステール様への告白は、かなりの勇気を要したのだ。あれをもう一度というのはさすがに御免被りたい。

 それに、それにだ。


「こんなに嬉しい気持ちになれたのに夢だなんて。きっとその日はふて寝してしまいます」

「ふて寝? スピカがふて寝するの?」

「はい。もう一度、夢を見られるかなって。夢でなら恋人でいられるのなら、寝ている方が幸せですから」


 冗談めかして告げると、アステール様が空いた手で私の手を握ってきた。


「アステール様?」

「……あのさ、だからどうしてそんなに可愛いことばっかり言うの? 私の心臓がもたないんだけど」

「え、えーとそう言われましても……その、アステール様のことが好き、だからでしょうか」


 正直な気持ちを伝える。手を握る力が強くなった気がした。


「……スピカ」

「はい」

「可愛い」

「? ありがとうございます」


 意味が分からないと思いつつもお礼を言う。アステール様が大きなため息を吐いた。


「アステール様?」

「いや、なんでもない。ちょっと今すぐ君に襲いかかりたくなっただけだから気にしないで」

「ええ?」

「だってスピカが可愛いことばっかり言うから……! でも仕方ないじゃないか。私だって男なんだよ。それは分かってくれるよね?」

「え、ええと、はい」


 なんだか大変そうだと思いながらも頷く。アステール様が何故か絶望的な顔をした。


「なんで頷くの」

「? 駄目でしたか?」

「私は今、君に襲いかかりたいって言ったんだよ? 分かってる?」

「はい。そうお聞きしましたけど」


 何を言いたいのだろうと思いながらアステール様を見る。アステール様が真顔で言った。


「スピカは私に襲われてもいいの?」

「アステール様がそうなさりたいのでしたら」


 恥ずかしいし、できれば結婚初夜まで待って欲しいなと思うが、アステール様がどうしてもというのなら、応えることは吝かではないし、きっと私がそれを後悔することはないだろう。

 本心を告げると、アステール様は何故か先ほどよりも顔に絶望を浮かべていた。


「アステール様?」

「……そんなこと言われたら、意地でも我慢するしかないじゃないか。私が望むなら……なんて……」

「え、別に我慢していただかなくても……結婚するのですから別に……」

「スピカがそういう風に思ってくれているのが分かっただけで十分だよ。大丈夫。君を傷つけるようなことはしないから。ちゃんとふたりでゆっくり段階を踏んでいこうね」


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