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◇◇◇
私が子猫たちを預かって、三日が過ぎた。
この三日というもの、ソラリスはかなりあちこちに子猫を飼わないかと声を掛けてくれたが、色よい返事を聞くことはできなかった。
私たちも飼い主探しに協力したかったが、高位貴族や王族という立場が邪魔をし、表立っては動けない。
ソラリスに全面的に頼ってしまっている現状を申し訳なく思いつつも、彼女に任せるしかないのが今の状況だった。
「もう……駄目なのかな」
ノヴァ王子が子猫たちを人差し指で突く。
前日に、彼から子猫たちを連れてきて欲しいと言われたのでそうしたのだ。場所は執行部の部室で時間は放課後。前回この部屋に集まった時と全く同じメンバーだ。
今日も執行部の活動はないということで、朝からこの部屋に猫たちを置かせてもらった。
子猫たちはノヴァ王子を覚えている様子で、嬉しげに彼に纏わり付いている。ノヴァ王子は少し困ったようにしていたが、仕方ないという結論に至ったのか、猫たちの好きなようにさせることにしたようだ。
「私が平民だった頃の知り合いにも声を掛けてみたけど……こっちはこっちで猫を飼う余裕なんてないって断られちゃって」
ノヴァ王子にじゃれつく子猫たちを見ながらソラリスが告げる。彼女の顔は誰が見ても疲れており、この三日の間、彼女がどれだけ頑張ってくれていたのかが分かった。
「可愛いのに……こんなに可愛いのに……私なら絶対に飼うの一択なのにいいいいい。家族が猫アレルギーという事実が辛い……」
ソラリスが悲しげに天を仰いだ。
彼女は一縷の望みを掛け、父親の男爵に猫を飼って良いか聞いたのだ。だが、答えは芳しくないものだった。
分かっていたけれどもしかしてと期待していただけに、彼女の嘆きは深い。
全員が陰鬱な顔をしていた。
だってこのままではこの子猫たちは行き場をなくしてしまう。もう一度捨ててこいなんて言われても無理だし、だけどそれならどうしたら良いのかさっぱり分からなかった。
「……こうなったら俺が引き受ける、か」
重い沈黙を破ったのはシリウス先輩だった。
「こうやって関わってしまったからには、俺にだって責任が生じる。……こいつらを見捨てるなんてしたくないし、俺が引き取るのが一番良いだろう」
「なんとかって……シリウス先輩の家の猫、老齢なんでしょう? 無理はなさらない方が……」
「生活区域を分ければ何とかなるだろう。こいつらを放っておくなんて俺にはできない」
苦渋の決断という風にシリウス先輩が告げる。そんな彼を見ながら、私はこのまま猫たちを私が引き取るべきなのではと思い始めていた。
――カミーユには悪いけど……。
そう思ったところで、弟の悲しげな顔が思い浮かぶ。つい最近、弟を悲しませたばかりだという事実を思い出してしまったのだ。
今だって一時保護という名目で、弟には迷惑を掛けている。それなのに、引き取ることになったなんて言ったら?
間違いなく、弟を傷つけることになる。
「……」
考えれば考えるほど動けなくなる。手を挙げたいのに挙げれない。なんとなく話の流れ的にシリウス先輩が引き取るという方向になってきている。
確かに猫プロなシリウス先輩ならお任せしても大丈夫だろう。だが、同居の猫にストレスを掛けるのではないか。リュカを怒らせたことを覚えていただけに、彼に頼ってしまうのも躊躇われた。
「……俺が拾ったんだ。俺が引き取るよ」
「えっ……」
ぽつりと呟いたのは、子猫の頭を恐る恐る撫でていたノヴァ王子だった。
「ノヴァ殿下?」
「……この子たちを拾ったのはオレだ。できれば良い飼い主を探してやりたかったけど難しいなら、オレが引き取るしかないかなって」
「良いの? ノヴァって、あまり生き物得意じゃないんでしょう?」
ソラリスが彼に聞く。どうやら彼女もノヴァ王子が生き物が苦手ということを知っていたようだ。
ソラリスの質問に、ノヴァ王子は頷く。
「確かにあまり得意ではない。でも、仕方ないだろう。今更、野良に戻すなんてできないし、シリウスに迷惑を掛けるのも本意ではない」
「殿下。オレは大丈夫ですが……」
シリウス先輩の言葉にノヴァ王子は首を横に振った。
「最初に聞いた時、お前は無理だと断ったのだろう? もしその気があったのなら、お前ならその時に頷いていたはずだ」
「いやでも……」
「城は広いし、オレが育てる分には誰にも迷惑は掛からないだろう。……大丈夫。飼うって決めたんだ。苦手なんて言わない。きちんと育てるよ」
「……ノヴァ殿下」
薄く微笑むノヴァ王子を、皆が見つめる。彼は気持ちを切り替えたように明るく言った。
「それに、三日ぶりにこいつらを見たら、可愛いなって思ってしまって。この三日間もずっとこいつらのことが心配だったんだ。だからもう、いいかって。……負けたなって思ったんだよ」
きっぱりと告げ、ノヴァ王子は立ち上がった。アステール様がため息を吐く。
「分かった。ノヴァが育てるというのなら、確かにそれが一番良いだろう。拾ったのはノヴァなわけだしね。でもノヴァ、本当に良いんだね? やっぱり嫌だ、無理だはきかないよ? 命はおもちゃじゃないんだ。最後まで責任を持って育てるという義務がお前には生じる。それは分かるね?」
「はい、兄上」
真剣な顔でノヴァ王子が頷いた。その顔を見て、本気だと理解したアステール様がため息を吐く。
「分かった。私も協力するよ」
「助かります」
「……いいよ。スピカも子猫に会いたいって城に来てくれるかもしれないしね」
「へっ」
いきなりこちらにお鉢が回ってきた。驚いていると、アステール様がこちらを見てくる。
「だってスピカ。この子たちがどう育ったのかとか知りたくない? できたら実物を定期的に見たいとは思わない?」
「思います」
即答してしまった。
だけど仕方ないじゃないか。実際、子猫たちがどうなったのか、元気に育っているのか、見せてくれるというのなら見に行きたいのだから。
「うん、そういうことだよ」
ニコニコしながらアステール様が私の頭を優しく撫でる。そんな些細なことですら恥ずかしくて堪らなかった。
「あ、あの……アステール様」
「うん?」
「その、皆様もいらっしゃいますので」
「え? 頭を撫でただけだよ? 別に良いじゃないか、これくらい」
キョトンとするアステール様は私が恥ずかしいと思っていることを全然考慮に入れてくれない。こちらは彼の些細な行動のひとつひとつに振り回されているというのに。
ぐるぐるしつつも、これ以上言っても無駄と察したので口を噤む。
それまで黙っていたティーダ先生が口を開いた。
「それでは、私も一匹引き取りましょうか。殿下もいきなり三匹はきついでしょうから」
「え……?」




