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「……」


 まさか、親切心から喧嘩を売られたとは思わなかった。

 とはいえ、入学式の時の彼女の台詞。それがどこからきたものなのかを知り、ようやく納得した気がした。


「そ、そう……そういうことなら」

「ところが、悪役令嬢であるはずのあなたは私を虐めてこないし、アステール殿下は嫌うどころかあなたにメロメロだしで、ゲームとは全然違う。おかしいと思っていたのよね。そんな中、さっきの食堂での話よ。あなたたちのやり取りを見て、思ったの。もしかしたらあなたも私と同じ転生者で、悪役令嬢にはならないって思って行動しているパターンじゃないかって。ほら、友達になりたいとか、婚約破棄は仕方ないとか、やたらと物わかりの良いことを言ってたから」

「……間違ってはないけど、どんなゲームか分からないから、ヒロインに婚約者を譲れば悪役令嬢の役どころからおりられるのではとは考えていたわ。悪役令嬢って断罪されるのが基本でしょう? 私、そんなのごめんだから、なんとかならないかなって」

「あー……なるほど。そのパターンか。じゃあ私、完全に勘違いしていたのね」


 うんうんと頷くヒロインを呆然と見つめる。

 色々なことをいっぺんに言われ、頭が混乱している。だけどどうやら互いが互いに勘違いしていたことだけは確かなようだ。

 彼女は私がゲーム通りの悪役令嬢だと思い込んでいた。そして私は彼女がアステール様を攻略するに違いないと思い込んでいた。

 すれ違った結果がこれだ。

 しかし、だ。そうなると、ひとつ問題が起こる。


「ね、ねえ……じゃあ、アステール様はどうなるの?」

「? どうなるって?」


 ソラリスが不思議そうな顔で私を見る。そんな彼女に私は言った。


「だってあなた、ヒロインなんでしょう? あなたに攻略してもらわなかったらアステール様は独身のままってこと? さすがにそれは王国の未来としても避けたいんだけど……」


 そういう可能性だってありうる。だって乙女ゲームのヒーローはヒロインに攻略してもらわなければ、大体独り身というか、誰ともくっつかない。

 ヒロイン以外とはくっついて欲しくないというプレイヤーたちの願いによるもので、ゲームなのだから私も今まで疑問に思わなかった。

 だけどここは現実。第一王子であるアステール様が結婚しなければ、大変なことになる。

 私としては真剣に聞いたのだが、彼女は「えー」という顔をして私を見てきた。


「何言ってるの? それ、新しい冗談か何か?」

「冗談って……私は真剣に……」

「冗談じゃなかったら何なのよ。あの方は普通にあなたと結婚するでしょ。それ以外ないと思うけど」

「……え」


 考えもしなかったことを当たり前のように告げられ目を見張った。

 彼女は呆れたように言った。


「だからさっきから言ってるじゃない。アステール殿下はあなたにご執心だって。乙女ゲームで言うなら、すでに好感度は上限で個別ルート突入。グッドエンドの結婚式エンド直前って感じにしか見えないわよ。何? あなた鈍感キャラで売ってるの? まさか本気でアステール殿下の気持ちに気づいていないとか言わないわよね? 止めてよ、そういうの」

「し……知ってるわ!」


 明らかに馬鹿にされていると分かる言い方に、私は慌てて言い返した。


「知ってる。アステール様が私のことを思って下さっているのは……分かってるわよ」

「そう、それなら良かった。あれだけあからさまにアピールして気づかれていないとか、さすがにアステール殿下が可哀想だと思ったから」

「……」


 からりと笑う彼女を見る。その表情にも声にも、アステール様への恋情は微塵も感じられなくて、本当に彼女は彼に興味がないんだと理解するより他はなかった。

 だから私は聞いてしまう。


「じゃ、じゃあ、あなたは誰のルートに行く気なの? アステール様じゃないのなら、ノヴァ殿下?」


 乙女ゲームの攻略キャラはひとりだけではない。予想を立てていたもう一人の名前を挙げると、彼女はきょとんとした。


「え? ノヴァ? ないない。っていうか、私、そもそも誰のルートにも入る気ないから。あえて言うなら、個別ルートにいかない友情エンド狙い」

「そ、そうなの?」


 乙女ゲームのヒロインの口から、まさかのヒーローを攻略しない選択肢を告げられ、息が止まるほど驚いた。

 彼女は頬に手を当て、ほうと溜息を吐く。


「このゲームね、実は友人から借りてプレイしただけで推しキャラはいないんだ。皆、すらりとしたイケメンばかりで私の好みじゃなくて。せっかく借りたんだから責任もってコンプはしたけど」

「……」

「あえて言うなら、シリウスかな。彼ならまあ、好みに近いんだけど……」

「シリウス先輩? シリウス先輩も攻略キャラなの!?」


 まさかの名前が飛び出し、ギョッとした。

 ヒロインは悪びれなく頷く。


「そう。でもねー、彼もないかな。私、捻くれてるの。用意された男達の中から選ぶのはごめんって思っちゃう。運命の男は自分で見つけたいタイプなのよね。あ! 別にあなたのアステール殿下のことを貶しているわけではないから、そこは誤解しないで! お互い好きならオッケーだと思ってるし!」

「……アステール様は私のではないけど……でも、そうなのね」


 話を聞いているうちに脱力してきた。

 彼女が入学してきて、ここが乙女ゲームの世界と知ってからずっと考えてきたことが全部違っていた事実に嘆息するしかない。

 でも、ヒロインが誰も攻略する気がないなんて誰が思うだろう。

 だけど、だけどだ。


「……でも、あなたはヒロインなんだから、攻略キャラであるアステール様があなたに惹かれるって可能性も……」


 なくはないと思う。だがソラリスは真顔で否定した。


「ないって。アステール殿下は一途キャラなんだから。この人と一度決めたら曲げないわよ。それとも実際のアステール殿下は、ころころ気持ちを変えるような方なの?」

「ち、違うわ。アステール様はそんな人じゃ……」

「だったらそんな心配する必要ないじゃない。あの方はすでにあなたと結婚するって決めているんでしょう? 違う?」

「ち、違わない」


 アステール様から具体的に結婚の話が出ていることを思い出し、肯定する。彼女は腰に手を当て、頷いた。


「じゃ、話はこれで終わりよね」


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