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6

「あとは甘いお菓子なんかも持ってきて。糖分を取った方が良い」


 アステール様の命令に使用人はすぐに頷き、地下に降りていった。

 その間に私たちは一階にある応接室へと移動する。

 応接室からは庭を見渡すことができるのだ。もしリュカが見つかったらという期待があった。

 庭がよく見えるソファに座り、息を吐く。心臓が恐怖と焦りでずっとバクバクしている。座って力が抜けたのだろう。もう指一本動かすのも億劫な状態だ。それでもリュカのことを思えば「行かなければ」という気持ちしかない。

 早く迎えに行ってやりたいと思えば、休んでいる暇などないと思った。

 そんな私にアステール様が言う。


「気持ちは分かるし、私も早く見つけてあげたいと思っているけど、焦っても良い結果はでないよ。今、私の契約精霊にもリュカを探させているから、君はとにかく少し休んで」

「はい……」


 こちらを心配してくれているのが分かる優しい言葉は有り難かったが、残念ながら焦りはなくならなかった。少し休憩したら、すぐにでも捜索を再開させないと。

 そんな気持ちでいっぱいだった。

 使用人がお茶を用意し、下がっていく。彼もこのあともう一度リュカを探しに行ってくれるようだ。

 皆が協力してくれるのが有り難い。


「リュカ……本当にどこに行ってしまったの?」


 全く姿を見せない愛猫を思い、息を吐く。

 これだけの人数で探しているのに見つからないのだ。もうリュカはこの近辺にはいないのではないだろうかと思えてくる。


「……もう少し捜索範囲を広げた方が良いのかもしれません」


 自分の考えを告げる。アステール様が私にチョコレートを差し出しながら言った。


「どうだろう。私としてはまだその時ではないと思うけど」

「どういう意味でしょうか」


 何故アステール様がそういう判断をしたのか分からず尋ねる。アステール様はチョコレートを受け取らない私に業を煮やしたのか、強引に口に押し込んできた。

 指が唇に当たる。

 何をするのかと目を見開く私に対し、アステール様は真剣な顔で言った。


「んっ……ア、アステール様……」

「説明してあげるから、まずは食べて」

「んんっ」


 押し込まれたチョコレートを仕方なくかじる。私が受け取ったことを確認すると、アステール様はようやく指を離してくれた。

 チョコレートの甘い味が口腔に広がっていく。その甘さに肩の力が抜けた。


「……」

「美味しい?」

「……はい」


 優しく問いかけられ、首肯した。

 口の中で蕩けるチョコはとても甘くて、疲れた身体に染み渡っていくようだった。

 アステール様が首を傾げながら問いかけてくる。


「もう一個食べる?」

「……いただきます」

「じゃ、あーん」

「……えっと、その……自分で食べられますので」

「なんだ、残念」


 にっこり笑いながら『あーん』というアステール様。さすがにそれを受け入れるのは恥ずかしかった私は、手でチョコレートを受け取った。


「うん。少しは落ち着いたかな」


 何個かチョコレートをつまみ、ほっと息を吐くと、アステール様がそう言った。


「え……」

「さっきまでの君はずいぶんと取り乱していて、冷静ではなかったからね。もちろん、大事な家族がいなくなったんだ。そうなるのも仕方ないけど、冷静にならないと見つかるものも見つからないから」

「……はい、そうですね」


 確かに先ほどまでの私はかなり混乱していて、自分でも何をしているのかよく分かっていなかったところがある。

 リュカがいなくなったことでパニック状態になっていたのだろう。

 今だって完全に落ち着いたわけではないが、アステール様の手で無理やり休憩を取らされたことにより、少しだけだが冷静になれていた。

 自らの醜態が恥ずかしい。私はもじもじしながらアステール様に言った。


「もう大丈夫です。その……完全にとは言えませんけど、先ほどよりは落ち着きました。……それで、アステール様。先ほどのお話の続きを聞かせて欲しいんですけど」


 捜査範囲を広げようと言った私にまだその時ではないと告げたアステール様。

 その真意が知りたかった。


「簡単なことだよ。基本的に家で飼われている猫は、縄張り外である外に出た時、最初はあまり遠くに行かないと言われているんだ。知らない場所に出て、怖がっているからね。猫は慎重な生き物なんだ。だからリュカもまだ近くに隠れている確率が高いってこと」

「そう……なんですか?」


 知らなかった。どちらかというと、パニックになって遠くに行ってしまったのではないかと考えていた。


「うん。逃げてしばらくは、人目に付きにくい場所に潜んでいるんだそうだよ。だからまだ捜索範囲を広げる必要はない。近くをしらみつぶしに探す方が確実だと思う」

「……分かりました」


 アステールの言葉に頷いた。

 今まで何度もアステール様には猫の飼い方について助言をもらっている。そのアステール様が言うのだ。信じようと思った。


「それじゃあ、もう一度、庭を探してみます」

「植え込みの中とかを中心に探してみよう。リュカは小さい。見落としている可能性もあるからね」

「はい」


 休憩は終わりだ。

 立ち上がり、もう一度庭に出ようと準備をする。そこに使用人のひとりが駆け寄ってきた。

 庭師を任せている男だ。堅実な仕事をすると父が気に入っていた。


「お嬢様!」

「どうしたの?」


 尋常ではない様子だ。彼はハアハアと息を荒げ、私に言った。


「み、見つけました! 庭に仕掛けた罠のひとつに、リュカが……!」

「えっ!?」


 ――リュカが見つかった?


「ほ、本当に? 間違いないの?」


 先ほどから、リュカではなく別の猫が見つかった話ばかり聞いていたのに、俄には信じがたかった。


「はい。首輪もしておりましたし間違いないかと。特に怪我をしている様子もなさそうです」

「そ、そう……」


 どうやら本当にリュカのようだ。

 庭師の報告にホッとするも、それなら一刻も早く保護しなければという気持ちになる。

 アステール様が私に言った。


「とりあえず、行ってみよう」

「そうですね。……案内してちょうだい」

「はい」


 ――リュカ、今行くからね!


 庭師の後に続く。逸る気持ちを抑え、私は迎えを待っているであろう愛猫のことを思った。


ありがとうございました。

猫モフ、いよいよ書籍発売2日前になりました。早いところではすでに発売しているようです。書店さんで見かけましたら、どうぞよろしくお願いいたします。

電子書籍版は、書籍版と同日発売の3/2です。電子派の方も宜しくお願いいたします。

次回更新は発売日の3/2火曜日となります。

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一迅社ノベルス様より『悪役令嬢らしいですが、私は猫をモフります3』が2022/8/1に発売しました。電子書籍版も発売中。よろしくお願いいたします。
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