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「……スピカ。まずはリュカを探しに行こう。全てはリュカを保護してから。いいね?」
怒りと悲しみと。
色々なものに感情を支配され、何も言えない私の側にアステール様がやってくる。宥めるように言い聞かされ、私はなんとか首を縦に振った。
「……はい」
「リュカは賢い子だし、きっとまだ近くにいる。取り返しの付かないことになる前に、探すんだ」
「……はい!」
アステール様の言葉に、頷く。
彼の言うとおりだ。カミーユに言いたいことは色々あるけれど、最優先しなければいけないのはリュカを一刻も早く見つけ出すこと。
「……」
私は勝手に流れてきた涙を拭い、おろおろとしている使用人たちに命じた。
「あなたたちもリュカを探してちょうだい……。きっと遠くにはいっていないと思うから」
私の命令に、皆は頷き、階段を駆け下りて行った。私は無言で部屋の奥へと向かった。リュカを保護するために、キャリーケースを持っていこうと思ったのだ。
「……姉様」
カミーユが小さな声で私に呼びかけてくる。
「っ……!」
大人げないと分かっていたが、無視する。
申し訳ないとは思うけど、今、私に彼に返事をするという選択はなかった。
◇◇◇
「リュカ……! リュカ……!」
あれからキャリーケースを持った私はアステール様と一緒に庭に出た。
私の部屋の真下は屋敷の庭になっているのだ。もしかしたら下に降りたリュカは、まだ庭にいてくれるかもしれない。そう思ったのだ。
「リュカ、お願い。返事をしてちょうだい……!」
いくら呼んでも、あの可愛い『なあ』という声は聞こえない。
おそらく外に出されるという怖い思いをして、居竦んでいるのだろう。どこかでリュカが恐怖で震えていると思うと気が気でなかった。
「リュカ……!」
リュカが戻らなかったらどうしよう。
万が一を思うだけで足が震え、その場に縫い付けられたように動けなくなる。そんな私の肩をアステール様が抱いた。
「しっかりして。君はリュカの飼い主だろう? 君がリュカを見つけないで、誰が見つけると言うんだ」
「……はい」
力強い声で窘められ、必死で全身に力を込めた。
アステール様の言う通りだ。
私がリュカを見つけなければならない。だって私はリュカの飼い主なんだから。
「リュカ……リュカ!」
涙が勝手に流れてくる。使用人達が屋敷の周辺を探しにいってくれた。私たちは引き続き庭をくまなく調べた。
どこかにリュカが隠れていないか、そんな期待があったのだ。
「駄目だわ……見つからない」
必死で探すも、リュカの姿は影も形もなかった。どこに行ってしまったのか。あんなに小さな身体で。
「う……ううう……リュカ……」
リュカから目を離さなければ良かった。私が目を離したからリュカは弟に捕まり、外に追い出されてしまったのだから。
「……スピカ。罠を作ろう」
「アステール様?」
止まらない涙を必死で堪えていると、アステール様がボソリと言った。
「おやつかご飯でリュカをおびき寄せるんだ。リュカはいつも腹ぺこだろう? 好きなものの匂いがすれば出てくるかもしれない」
「……! そう、そうですね!」
アステール様の案に頷いた。
彼の言うとおり、リュカはかなりの食いしん坊だ。餌のパッケージを見ただけで大喜びで駆けてくるくらいなのだから、食い意地が張っているのは間違いない。
それに、あと数時間もすればリュカの晩ご飯の時間。今、一番お腹が空いている時間帯であることは確実だ。
「……おやつを出します。前に出した時、すごい食いつきだったから」
「うん。一番気に入っているものを使うのがいいと思う」
「はい」
皆にも協力してもらい、庭に三カ所、屋敷の周りに五カ所、罠を設置した。
罠といってもちゃんとした道具があるわけではないので、段ボールを使ったり、キャリーケースを使ったりした簡易のものだ。
中にはリュカがお気に入りのおやつやごはんを置いた。
そういえば、シリウス先輩も逃げた猫を罠を張って捕まえたと言っていた。
猫を捕まえるのにはポピュラーな方法なのだろう。無事、リュカが罠に掛かってくれることを期待しながら、私は両手を合わせ、神に祈った。
――お願いします。どうか、リュカが見つかりますように……!
時間は夕方。
夜になれば気温も下がってくるし、リュカにはきつい状況だろう。野良犬やカラスに見つからないとも限らないし、少しでも早く見つけてあげたかった。
「リュカ……!」
にゃあにゃあいう、いつものあの暢気な声を聞かせて欲しい。
声を出してくれれば、少なくともその付近にいると安心できるのに、何も聞こえないのがもどかしかった。
「……」
となりにいるアステール様も難しい顔をしている。使用人達はまだ屋敷の周りを探してくれていた。時折「猫を見つけた」という声がするが、どれもリュカではない。
見つかったという度にがっかりするのがとても辛かった。
「リュカ……リュカ! どこにいるの!?」
我慢できなくなり、私も屋敷の外に出る。アステール様もついてきてくれた。名前を呼んでも何も返ってこないのが辛い。
「リュカ……」
時折、馬車が通っていくのが怖くて堪らない。もしリュカが私の知らないところで交通事故にでも遭っていたらと思うと、震えが止まらなかった。そんな私をアステール様が抱き締める。
「大丈夫。きっとリュカは大丈夫だよ」
「でも……」
キュッとアステール様の上着を握る。最悪の事態が次から次へと頭に浮かんできて恐怖が解けない。
「も、もし……リュカに何かあったら……」
「あの子は賢い。きっとどこかに隠れて、私たちが迎えに来るのを待ってるよ」
「はい……はい……」
「もう少し探して、一度屋敷に戻ろう。少し休憩を入れることも大切だからね」
「……」
「スピカ。君、自覚していないだろうけど酷い顔をしてる。真っ青だし、今にも倒れそうだ。君が倒れたらきっとリュカも悲しむ。嫌だろうけど休憩はして」
「……はい」
宥めるように言われ、頷く。
正直に言えば、休みたくなどなかったが、リュカのことがショックすぎて、頭も心もグラグラでまともに思考すら働かなかった。少しでも気を抜くと倒れてしまいそうな状態。休まなければ、リュカを探しに行くことすらできないとさすがに自覚していた。
「リュカ……」
アステール様に支えられながら付近を探索し、屋敷に戻る。アステール様が使用人のひとりを捕まえ、お茶の用意をするよう命じた。




