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2

 旗色が悪いと悟ったのか、弟は無理やり話題を終了させた。

 確かに辞めてしまった先生の話をしても仕方ない。私も話題を元のものに戻した。


「そうね。で? あなたが言いたいのは、今の先生にも何か問題があるということ?」

「うん、問題があるというかさ……」


 思い出したようにムスッとするカミーユ。その顔を見て、何らかの不満があると判断した私は弟に言った。


「また、あなたの我が儘なんじゃないの? そうなら私は庇えないわよ? 前の先生もあなたがあまりにも授業を受けないから辞めてしまわれたのに……」

「ち、ちが……! 前はそうだったかもだけど、今は違うよ!」

「そう? それならいいけど」


 慌てて否定してくるカミーユの姿を見てホッとする。さて、それでは何が問題なのだろう。

 両親ではなく私に相談してきたというところも気になる。

 ただ辞めさせたいだけなら二人に言えば話は済むはずなのに。

 詳しいことを聞かねばと思っていると、足下で丸まっていたリュカが「あーん」と鳴き、私の膝に飛び乗ってきた。


「えっ!?」


 冗談抜きで心臓が止まるかと思った。

 咄嗟の事態に対応できない。

 今までリュカを抱っこしたことは数あれども、彼が自分から来てくれたことは一度もなかったのだ。

 それが、自分から膝の上に……!

 初めての経験にどうすればいいのか分からず、硬直してしまった。


「リュ、リュ、リュカ……?」

「なあ」


 リュカが近い。

 あまりの幸福に息が詰まりそうだ。

 当たり前のように私の膝に居座るリュカに、堪えていた喜びが爆発する。

 温かくも柔らかい肉球の感触が至福だった。

 四つの足が体重を伝えてくるが、全然気にならない。ふんすふんすと鼻をひくつかせている姿がとても愛らしかった。


「ああ……ああああああ……リュカが……リュカが……!」

「姉様? 僕の話聞いてくれてる?」


 歓喜に身を震わせる私に、カミーユが怪訝な顔をしつつも聞いてくる。それに私は、思考を半分以上飛ばしつつも頷いた。


「き、きき、聞いてるわ、もちろん。でも……ほら、見て、カミーユ。リュカが自分から私の膝に乗ってくれて……ああ、嘘みたい。こんな日が来るなんて……!」


 最早これは記念日といっていい重大な出来事だろう。

 今日は何かめでたい料理でも作ってもらわなければならない。

 声を震わせながら感動を伝えると、カミーユは嫌そうな顔をしつつも頷いた。


「そうだね。猫が姉様の膝の上に乗ってるけど……それが? そんなの普通のことじゃないの?」

「そんなわけないじゃない! 自分からなんて初めてなんだから……!」


 カッと目を見開き、カミーユに説明する。だが弟は無情だった。

 興味がないからか、あっさりとスルーする。


「ああ、そう。で、僕の話なんだけど――」

「あ、リュカ! 危ないわよ」

「なあ」


 膝の上で動こうとするリュカを慌てて己の腕で囲い込む。落ちてしまったら大変と思ったのだ。

 しかし、なんというか――なんて尊い光景なのだろう。

 この世界にスマホがないことを心から残念に思った瞬間だった。もし私が今スマホを持っていたら、膝の上に乗るリュカの写真や動画をここぞとばかりに撮りまくっていただろう。

 そういう手段がこちらの世界にないのが、すごく悔やまれる。


 ――せめて、せめてカメラがあれば良かったのに……!


 ないものは仕方ないが、そういう存在を知っているだけに辛い。

 この世界では『絵を描く』が主流なのだ。カメラのようなものはない。

 こうなれば、今の素敵光景を心にしっかりと焼き付けるしかないと決意した。可愛いリュカの様子を凝視する。


「なあ」

「なあに、どうしたの、リュカ?」


 自分の声がデレデレに甘いことは指摘されなくても分かっていた。

 膝の上に乗り、私を見つめてくるリュカを柔らかく見つめ返す。

 ずっと見ていると、敵対しているとみなされるので、ゆっくり瞬きをし、敵対の意思はないとアピールした。


 ――ああ、なんて可愛いのかしら。


 子猫の高めの体温がじんわりと足を通して伝わってくる。心地良い重みも、私の膝から折りようとしないリュカの態度も何もかもが素晴らしかった。


「なあ」

「可愛いわね。ふふ、でもご飯はまだだからね」


 額を手の甲で撫でる。リュカは少し硬いもので撫でられるのがお気に入りなのだ。思った通り、心地よさげに目を細める。気に入ってくれたのか、もぞもぞとそのまま座り込んでしまった。

 幸せだ。幸せすぎる。


「はああああああ……」


 これが至福というものか。

 全身を満たす幸福感に酔いそうだ。飼い猫がただ膝の上に乗ってきてくれただけだというのは分かっていたが、私には何物にも代えがたい時間になっていた。

 猫、尊い。

 リュカのために実はちょっと踵を上げて、膝を水平にしているのが辛いのだが、愛猫のためなら我慢できる……いや、してみせると思っていた。


「姉様」

「……」

「姉様ってば!」

「あ、ごめんなさい、カミーユ。どうしたの?」


 弟に声を掛けられ我に返った。

 完全にリュカに気を取られていたみたいだ。我ながら愛猫のことが好きすぎる。

 パチパチと目を瞬かせ、カミーユを見る。弟は不機嫌そうな顔で私を見ていた。


「姉様。今、僕のした話を聞いてた?」

「え」



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