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◇◇◇
「こんにちは、シリウス先輩」
「……ああ、お前か」
次の日、私はアステール様に言われた通り、昼休みにシリウス先輩のいる図書館を訪ねた。
シリウス先輩はいつも通り、カウンターで読書をしていたが、私が来るとすぐに本を閉じ、隣に座るよう勧めてくれた。
言葉に甘え、椅子に座らせてもらう。
シリウス先輩が「それで?」と私を見た。
「しばらく顔を見せないと思っていたが、今日はどうしたんだ?」
訪ねられなかったのは、私がアステール様に対して罪悪感があったからなのだが、それをシリウス先輩に話す必要はないだろう。
私はそこには触れず、さっさと本題に入ることにした。
「ええっと、実はですね。リュカのことでお願いがありまして」
「リュカの? 話してみろ」
愛猫の名前を出したからか、シリウス先輩はすぐに話に乗ってくれた。
それに感謝しつつ、昨日の出来事を話す。
「実は――」
爪切りがどうしても上手くいかなかったと説明すると、シリウス先輩は苦い顔をした。
「爪切りか……あれは確かに難しいな。こればかりは個体差だ。簡単に切らせてくれる猫もいれば、絶対に嫌だと逃げる猫もいる。うちも1匹、どうしても切らせてくれない奴がいていつも困っている」
「まあ、そうなのですね……じゃあ、もしかしてリュカもそうなのかしら……」
自分で切るのは諦めた方が良いのだろうか。そう思っていると、シリウス先輩は「待て」と言った。
「早々に決めつけるのはよくない。長時間拘束されるのが嫌なだけかもしれないし、それならさっと切ってやれば良いだけのことだ」
「さっと……それが難しいんですけど」
何せこちらは猫飼い初心者なのだ。爪に爪切りを当てるだけでも一苦労な状態で、さっさとやれと言われたところで無理に決まっている。
やはり今の状態ではリュカの爪を切るなど夢のまた夢と思った私は、シリウス先輩に本題を持ちかけた。
「シリウス先輩。先輩さえ宜しければ、一度見本を見せていただけませんか? 勉強させていただきたいんです」
「オレに?」
「はい。その……できれば我が家に来ていただいて、実践してもらえれば有り難いです」
「……それは」
家にと言ったところで、シリウス先輩の顔が渋くなった。多分、アステール様のことを気にしているのだろうと察し、急いで言う。
「その、そもそも今回の件は、アステール様が提案して下さって。シリウス先輩に相談した方がいいというのも、我が家に来てもらえばという話も、全部発案はアステール様なんです」
「……殿下が?」
「はい」
驚いた顔をするシリウス先輩に、私はしっかりと肯定した。
「嘘ではありません。その、アステール様も同席するとおっしゃっておられました」
「同席……そうか。まあ、それなら納得か」
アステール様が同席すると話すと、シリウス先輩は初めて納得したような顔をした。そうして、口を開く。
「……まあ、そういうことなら良いだろう。爪切り、だったな」
「宜しいのですか?」
目を輝かせる。
アステール様の名前を出しても、十中八九断られるかと思っていたので望外の喜びだ。
「一度見本を見せる。ひとつ尋ねるが、爪はそんなに伸びているのか?」
「はい。あちこちに引っ掛けている様子をよく見るので……」
リュカの様子を思い出し告げる。今朝もリュカはソファカバーに爪を引っ掛け、ニャアニャアと鳴き、助けを求めていた。できれば早く爪を切ってあげたいと思う。
「分かった。それなら早い方がいいだろう。……今日の放課後は空いているか?」
「え、はい。大丈夫です」
突然、放課後の予定を聞かれて驚いたが、すぐに頷いた。
アステール様も用事があるとは言っていなかったし、おそらく問題はないだろう。
「今日、来て頂けるのですか?」
「ああ。一度、うちの屋敷に戻る。準備をしてから、お前の屋敷へ行くから待っていろ」
「準備、ですか? 爪切りなど、ひととおり道具は揃っておりますけど」
まだ何か足りないものがあるのだろうか。尋ねると、シリウス先輩は時間を確認しながら口を開いた。
「必需品ではないが、手入れに便利な品、というものもある。オレが屋敷に取りにいくのもそれだ。ものは見れば分かるし、その時に説明してやる」
「そう……ですか。分かりました。では放課後お待ちしております」
「ああ。……そろそろ昼休みも終わる。ではな」
もうすぐ午後の授業が始まる。椅子から立ち上がり、私はシリウス先輩に頭を下げた。
「はい、シリウス先輩。お時間をいただきありがとうございました」
心から礼を述べる。
放課後、シリウス先輩が我が屋敷に来てくれることを楽しみに、私は彼と別れ、ホクホク顔で教室に戻った。




