8
「お待たせしました。こちらにあるものが全部猫用のケージになります」
「すごい……結構種類があるのね」
店員が案内してくれた場所には、猫用のケージがたくさん並べられていた。
どんなケージか分かるようにだろうか。サンプルとして、組み立てられている。
てっきり一種類か二種類くらいしかないものと思っていたので驚きだ。
「どのようなものをお考えですか?」
「ええと、三段くらいの高さがあるもので……トイレなんかも置けるといいなと思っているけど」
少しでもリュカにとって快適であるように。
そう思いつつ自らの希望を告げると、店員は大きめのケージを勧めてきた。
「こちらの商品は、増設が可能です。パーツを購入していただければ、ご自分で好きな形にカスタマイズすることができるんですよ」
「そんなケージがあるの?」
「はい。横に繋げるもよし。重ねて二段、三段にするも良し。お客様の必要な大きさにしていただくことが可能です。横に繋げて、そちらにトイレを置くという使い方をされている方もいらっしゃいますよ」
「へええ……」
勧められたケージの側に行く。ケージは丈夫で、何か起きてもリュカを守ってくれそうな安心感があった。
いくつかパーツを組み合わせれば、リュカも満足する広さのケージにすることができるだろう。ノヴァ王子がしていたように、二階に猫ベッドを置くというのも良さそうだ。
「……これ、欲しいんだけど、配達とかはして貰えるのかしら」
さすがに馬車まで持ってはいけない。そう思いながら尋ねると、店員は「もちろんです」と言った。
「お屋敷まで配送させていただきますよ! どちらまでお運びすれば宜しいですか?」
「プラリエ公爵邸なんだけど……」
「プラリエ公爵邸ですね。……ん? プラリエ公爵?」
あれ、と店員が首を傾げる。ついで彼は私ではなくアステール様を見た。
「……」
「どうしたの?」
「……あの、いえ、プラリエ公爵家のご令嬢が確か、アステール殿下のご婚約者様だったな、とふと、思い出しまして……いや、そういえば最近ノヴァ殿下もいらっしゃったし……あの、もしかしなくても、そちらのお方は第一王子のアステール殿下、では?」
今頃気がついたのか、店員がダラダラと汗を流し始めた。アステール様が頷く。
「そうだよ。そして彼女は私の婚約者。今日はシリウスの紹介でこちらに来てみたんだ。ノヴァもここで色々揃えたと聞いていたしね」
「あ、ありがとうございますっ!」
がばりと店員が頭を下げる。
どうやら本当に今までアステール様に気づいていなかったらしい。
堂々としていれば、意外とバレないとは聞いていたし、実際そんな感じなのだなと思ってはいたけれど、この店員も全く分かっていなかったようだ。
でも、そんなものなのかもしれない。
だって、自国の王子が気軽に買い物に来るとは、普通、思わないじゃないか。
特にアステール様は、今日はデートということで、いつも連れている護衛すら側に置いていない。
馬車で待たせているのだ。
彼には契約している精霊が何体もいるから少しくらい護衛が離れた場所にいても問題ないのだけれど、そんなの説明されなければ分からない。
護衛も連れず、気軽に店に入ってきた男性。
身なりは良いから貴族だとは思うだろうけど、さすがに王子と気づけとは言えないと思う。
私がいつも通っているペット用品店の店長はすぐにアステール様に気づいたけれど、それは、あの店長が洞察力に優れていたからだ。
顔を知っていたって、皆が皆、すぐに気がつくわけではない。
店員はぴしりと姿勢を正しながら私に言った。
「責任をもって、プラリエ公爵邸までこちらの商品を配送させていただきます。他にお探しの品はございますか?」
「ええと、キャットタワー……かしら。うちの子、手足が短いせいか、普通のタワーをあまり使いたがらないの。たぶん、使いにくいと思うのよね。だから、高さ調整ができるものが欲しいわ」
家にはもちろんキャットタワーがあるが、リュカは殆ど使わないのだ。
普通よりも手足が短めのリュカには適していないようで、数回登りはしたが、あとは見向きもしていない。
猫にキャットタワーは必須と聞くから、使えるものが見つかれば良いのにとずっと思っていた。
説明すると、店員は笑顔で頷き、キャットタワーが置いてある場所へ私たちを案内した。
「なるほど。それならこちらの商品は如何でしょうか」
店員が見せてくれたのは、らせん階段のように登ることのできるキャットタワーだった。
高さ調整が自由にできるので、短い足の子でも登りやすいとのこと。
今まで、高さが調整できるタワーに出会ったことがなかったので嬉しい。まさに私が探していたのはこれだと思った。
「これ、いただくわ」
「ありがとうございます!」
店員が深々と頭を下げる。その後も色々見て周り、結局、ケージとキャットタワー、新しいおもちゃに、新作の爪とぎなど、予定になかったものまで購入してしまった。
「ありがとうございました! お品物は、明日、お届けに参りますので」
「お願いね」
店員に見送られ、アステール様と店を後にする。
品数が豊富で手頃な価格帯だったので、見るだけでも楽しかった。
アステール様もリュカの新しいおもちゃを真剣に選んでくれて、なかなか有意義に過ごせたように思える。
だけど、思いのほか時間は経っていたようで、そろそろ日が沈み始めていた。
アステール様が残念そうに言う。
「さすがに今日はこれでおしまいかな。スピカ、屋敷に戻ろうか」
猫モフ3巻、いよいよ8/1発売です。よろしくお願いいたします。




