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リュカは細い紐やリボンが大好きなのだ。振ってやるととても喜び、短い手で一生懸命捕まえようとする。
その姿は可愛いしかないのだけれど、時折、ネックレスなどにも反応してくるのが問題だった。そのことを思い出し、追加で告げる。
「この間、ネックレスにも反応していました……」
「なるほど。それは良くないね。じゃあ、指輪は? 指輪はどうかな?」
「指輪は……リュカの前で付けたことがないので何とも言えませんけど、細いブレスレットやネックレスよりは大丈夫なのではないでしょうか」
己の考えを慎重に告げる。
指輪はブレスレットの鎖より太いし、リュカが多少攻撃したところで壊れたりはしないだろう。
私がそう言うと、アステール様は「じゃあ」と嬉しげに言った。
「決まりだ。指輪にしよう。指輪なら常に付けているのが見えるし、皆にもアピールしやすい。そこまで邪魔になるようなデザインでもないから付けやすいと思うんだけど、どうかな?」
「そう、ですね。特に問題となることはないと思います」
消去法ではあるが、確かに一番問題ないと頷けるのが指輪だ。
私が頷くと、アステール様はエルリッヒさんに言った。
「君がお勧めしてくれた指輪にするよ。サイズは直して貰えるのかな」
「もちろんです。せっかくですので、一度嵌めてみては如何ですかな?」
「そうだね、そうしよう」
エルリッヒさんがネックレスとブレスレットを仕舞い、代わりに女性用の指輪を取り出してきた。ふたつ並ぶと確かにペアで作られたというのがひとめで分かる。
女性用の方は、男性用より小ぶりに作られている。
「スピカ、手を貸して」
「え、は、はい……」
言われるままに手を差し出すと、アステール様は左手の薬指に指輪を嵌めた。
ぴったりのサイズだ。
「あ……」
「よく似合ってる。それに……これはサイズ直しする必要はなさそうかな」
「そう、ですね」
特にキツくもなければ緩くもない。私の方に直しは要らなそうだ。
紫色のサファイアなんて初めて見たが、その輝きはエルリッヒさんが言った通り、確かに透明感があって美しく、まるでアステール様の瞳のようだと思った。
金の台座に紫色の宝石。そのままアステール様の色合いだ。
「スピカ。私の指にも嵌めてよ」
じっと己の指に嵌まった指輪を見つめていると、焦れたようにアステール様が言った。
「君に、嵌めて貰いたいんだ」
「分かりました」
男性用の指輪を取り上げ、差し出された手を取って、指輪を嵌めた。
「あ……」
驚いたことに、アステール様の方もぴったりサイズだった。
これにはエルリッヒさんも驚いたようで、目を見張っている。
「これは……そんなつもりで作ったわけではないのですが、まるでおふたりのためにあるような指輪ですな」
「うん、私もそう思う」
恥ずかしい言葉に、アステール様が真顔で頷いた。
「私たちに買ってもらうために待っていたのかもしれないね」
「意外とそうかもしれませんな。いや、お二方ともよくお似合いです」
「ありがとうございます」
照れくさい気持ちになりながらも礼を言う。
二人で指輪を眺める。隣に手を置くと、ペアで指輪をしているというのがよく分かり、すごく恥ずかしかった。
結婚指輪という概念はこの世界にはないのだけれど、私的にはどうしたってそれを想像してしまう。
――あ、アステール様と夫婦……。
いつか、私は彼の隣に立つのだろう。白いドレスを纏って。
その未来の光景が、何故か一瞬見えた気がして、私は目を瞬かせた。
美しい細身のウェディングドレスを着た私が、アステール様の手を取って笑っている。
ふたりの手には、今付けたこの指輪があり、まるでこの先を祝福しているように見えた。
真昼に見えた幻覚に驚くも、こういうこともあるのかもしれないと思う。
あの光景はきっと未来の私たちだ。それを何故か確信できた。
「サイズの直しもいらないようだし、このまま付けていこうかな。エルリッヒ、それでも良いかな?」
「もちろんです」
「ありがとう。良い品に巡り会えて良かった。やっぱり君の店を選んで良かったよ」
にこりと笑い、アステール様が言う。
そのあと、代金を払ったが、約束通り、それぞれ互いの指輪を買うということになった。
指輪の値段は想像していたほど高くなく、多分、エルリッヒさんがかなり値引きしてくれたのではないだろうかと思う。
「私からの婚約祝いも兼ねていますから、気にしないで下さい」
そんな風に言ってくれたから。
申し訳ないと思うと同時に、アステール様とのことを祝ってくれるのはとても嬉しかった。
また来ることを約束して店を出る。
お揃いの指輪を買えたことが嬉しくて、自然と笑みが浮かんでくる。アステール様を見ると、彼も笑顔だった。
私と目が合い、アステール様の笑みが更に深くなる。
「スピカ」
「はい」
「ありがとう」
「え……?」
どういう意味かと首を傾げる。アステール様は指輪を見せ、私に言った。
「君が誕生日に買ってくれたこの指輪のこと。ありがとう。最高に嬉しい贈り物だよ」
「そ、そんな……それを言うのなら私だって、すごく嬉しいです。ありがとうございます」
むしろ特別な日でもなんでもないのに買ってもらって良かったのだろうか。
だけど、いくら私でもそれを言うことが野暮だということくらいは分かるから。
私はとっておきの笑顔をアステール様に向けた。
「改めてお誕生日おめでとうございます、アステール様。そして、ありがとうございます。私、今、すごくすごく嬉しいんです」
「嬉しいのは私の方だよ。スピカが喜んでくれて、それ以上に嬉しいことなんてない。ね、スピカ。指輪、外しちゃ駄目だからね。どんな時でも身につけていて、私のことを思い出して。私も、いつも君を思っているから」
じっと見つめられ、告げられる。
その言葉に私は顔を赤くしながら「もちろんです」と答えるのだった。




