終章 悪役令嬢らしいですが、私は猫をモフります!
アステール様の誕生日パーティーも無事終わり、またいつもの日々が戻って来た。
トトを攫った犯人は、アルデバラン公爵の尋問で背後関係をはき、ことが起こる前に全てを片付けることができたと聞いている。
トトとミミも元気いっぱいで、事件など起こらなかったような様子で毎日を過ごしている。リュカだって元気だ。最近悩んでいるのは、成猫と呼んで差し支えなくなってきたリュカの去勢手術をどうするか。
子を残さないのなら、そして病気のことを考えるのなら去勢した方が良いのだろうけど、リュカのことを思うとなかなか踏み切れない。
アステール様にも相談しているが結論は出ず、もう少し悩んでから決めようと思っていた。
悩みといえばその程度のもの。
友人のソラリスは、最近ますます激しくなってきたティーダ先生のアプローチに辟易としているようで、よく私のところに逃げてきている。
必死で告白されそうになるのを躱しているらしいが、それもいつまで続くことやら。
そのうち捕まるのではないかなと思っているが、ソラリスがそれを望まないのだ。できる限り協力しようと思っていた。
シリウス先輩は、いつも通り。だけど前よりもノヴァ王子といることが増えた気がする。
外で見かける時は大抵ノヴァ王子と一緒にいて、猫について話している。
私もたまに会話に混ぜてもらうのだけれど、シリウス先輩は博識なので何を聞いても楽しい。アステール様もそれには同意のようで、時折彼が混じることもあった。
こんな感じで、まったりとした日々を過ごす。
少し前、自分が悪役令嬢に転生していることに気づき、どうにか破滅の未来を回避しなければと焦っていたのが嘘のようだ。
今の私は思いの通じ合った婚約者と愛猫、友人たちに囲まれて、とても幸せな毎日を送っている。
こんな風に自分が過ごせるようになるなんて思ってもみなかった。
◇◇◇
「……もう少し着飾った方が良いかしら」
学園が休みのある日の休日。
朝から私は念入りに準備を整えていた。
今日は、誕生日パーティーで約束したデートをする日なのだ。
デート自体は私から誘ったものの、プランを考えたのはアステール様。
一体どこへ連れて行って貰えるのかと楽しみで、昨日はなかなか寝付けなかった。
今もメイドたちに手伝ってもらって用意をしているが、これでおかしくないかと心配になっている。
両想いになってから初めてのデートなのだ。緊張しても仕方ないだろう。
この日のために用意したワンピースは、アステール様の瞳の色を意識した紫色だ。
繊細なレースが美しく上品なデザインだった。
とりあえず、どこへ連れて行かれても大丈夫なように……!
そう思って用意したのだが、ここにきて、少し地味かもしれないと不安になってきた。
「……ねえ、これ、地味じゃない?」
不安が高まり我慢できなくなった私は、用意を手伝ってくれていたメイドのひとりであるコメットに聞いた。
コメットは呆れたように私に言う。
「お嬢様、今日その質問何度目だと思っているのですか。お似合いですと何度言えばご理解いただけます?」
「……だって、心配なんだもの」
アステール様に少しでもよく思われたいのだ。そのためにできることはしたいし、皆の意見だって聞きたい。それはいけないことなのだろうか。
「誰も駄目とは言っていませんよ。ただ、同じことを何度も聞かないで下さいと言っているだけです。お嬢様はお綺麗です。何の問題もありませんから、自信を持ってアステール殿下の前に立てば大丈夫です」
「そ、そう? そうかしら」
太鼓判を押してもらっても不安は残ったままだったが、これ以上はいくら聞いても答えてもらえないのだろうなということはなんとなく察した。
私としては何度でも大丈夫だと言って欲しいのだけれど。
恋人との初デートとはこんなにも緊張するものなのか。
アステール様とは毎日顔を合わせているというのに、吐きそうなくらいに緊張する。
「うう……吐きそう……」
「朝から殆ど何も召し上がっていらっしゃらないくせに何を仰っているのですか。さあ、アステール殿下が来られる時間ですよ」
励ますように背中を叩かれ、頷いた。
目の前にある鏡に映った私は、それなりに綺麗に仕上がっているように見える。
大丈夫だろうか。アステール様に可愛いと言って貰えるだろうか。
そんなことばかりが気になってしょうがない。
「アステール殿下がいらっしゃいました」
ドキドキしているうちに、執事がアステール様の来訪を告げた。
心の準備はまだだったが、待たせるのは失礼になるので、玄関へと向かう。
階段を下りると、外出着を着たアステール様が待っていた。
グレーの上衣はすっきりとしていて、彼によく似合っている。
「おはよう、スピカ」
「お、おはようございます」
笑みを向けられ、笑顔を作る。
どうしよう、さっきよりも緊張してきた。
アステール様の格好を見て、これからデートに行くのだと実感したからだろうか。
心臓がばっくんばっくんと脈打っていて、全く落ち着いてくれない。
ドキドキする私をアステール様は見つめ、ふわりと笑った。
「な、何ですか?」
「いや、可愛いなと思って。スピカ、私のためにそんな可愛い格好をしてくれたの?」
「……ひぃ」
恥ずかし過ぎて頭が沸騰するかと思った。




