第十六章 誕生日パーティーのおわり
「アステール様、ご無事かしら……」
ノヴァ王子の部屋で、猫たちの相手をしながら呟く。
ノヴァ王子から事情を聞いたアステール様は、「ちょっと行ってくるよ」と笑って彼の弟と共に行ってしまった。
トトを攫った犯人との対面。そんな場所に私を連れて行けないのは分かっているけれども、置いて行かれるのは不安になる。
「気にするな。父上も一緒に行かれた。問題はないだろう」
「はい……」
シリウス先輩が子猫たちと遊びながら、私に言う。
連れてはいけないけれど、かといってひとりで残しておくのは心配だというアステール様。そんな彼はまだ会場に残っていたシリウス先輩、そして彼の父親を連れてきた。
シリウス先輩の父親は近衛騎士団の団長。アステール様は彼を護衛として連れて行くといい、私には先輩を残してくれたのだ。
何かあってもシリウスなら君を守ってくれるから安心できる、とそう言って。
城内で何かあるとも思えなかったが、実際、ノヴァ王子の部屋からトトが誘拐されるなんて事件が起きているのだ。ないとは思うが、猫がいなくなったことに気づいた犯人が戻ってこないとも限らないし、念のため部屋に残る私にも護衛を付けたいというアステール様の気持ちは分かる。
焦れる気持ちはあるが、私にできることなど何もない。
言われた通り部屋で大人しくリュカたちの相手をしている他はなかった。
「スピカ、私だよ」
小一時間ほど経った頃だろうか。
扉の外から声が掛かった。間違いない。アステール様の声だ。
万が一にも外に逃げ出さないように子猫たちをケージの中へと追い込み、リュカも念のためキャリーケースに入れる。
「はい、大丈夫です」
返事をすると、部屋の主であるノヴァ王子が扉を開けた。その後ろから顔を出したのはアステール様だ。
「アステール様!」
「ごめんね。待たせたかな。こちらは無事終わったけど……何事もなかった?」
室内を確認するように尋ねてくるアステール様に頷きを返す。どうやら全部終わったようでほっとした。詳細が気になるけど、私が聞いていい話ではないことくらい分かっている。アステール様が終わったと言うのなら、本当に終わったのだ。犯人は捕まったし、その後のことも気にしなくて言いとそういうこと。私はそれをそのまま受け止めるだけだ。
シリウス先輩もやってきてアステール様に言った。
「大丈夫です。誰も訪ねてきませんでした」
「そう。ということは、私たちがトトを見つける可能性など考えてもいなかったってことなんだろうね。トトがいなくなったことに気づいて、こちらに確認しにくるかとも思っていたんだけど」
「あいつらは、トトを箱詰めにして捨てたつもりでいたみたいですから。捨てたものを確認する必要性など感じていなかったのでしょう」
吐き捨てるように言ったのはノヴァ王子だった。
「そのくせ、飼い主であるオレを利用するだけ利用しようなんて、性根まで腐った屑だ」
「お前の言う通りだと思うけど、それくらいに。ベテルギウスが連れて行ったんだ。大丈夫。無事では済まないのは確定しているし、他にも仲間がいるのなら絶対に吐かせると思うから、二度同じことは起きないよ」
「兄上……はい」
アステール様に宥められ、ノヴァ王子は小さく頷いた。
私の知らないところで色々あったのだろう。
ノヴァ王子を利用するとか、仲間がいるとかかなり気になったが、聞きたい気持ちをグッと堪える。
アステール様が二度同じことは起きないというのなら、きっとそうだと思うから。
ノヴァ王子は改めてと言った風にアステール様に頭を下げた。
「申し訳ありません。兄上のお手を煩わせてしまって。特に今日は兄上の生誕祭だったというのに……」
「気にしなくていいよ。やらないといけないことはやったあとだったし。ミミとトトが無事だったんだ。それに勝るものはないだろう?」
「……はい」
アステール様の言葉に、ノヴァ王子がホッとしたように頷く。
兄の誕生祭の最中に迷惑を掛けてしまったと気に病んでいたのだろう。ノヴァ王子はケージに入った二匹の元へ行くと、扉を開けた。
二匹が飛び出してくる。嬉しげにノヴァ王子の足元にやってきては、頭をぶつけていた。
尻尾がピンと上がっており、喜んでいるのがよく分かる。
二匹は目をうっとりと細めていて、飼い主であるノヴァ王子に懐いているのだなとみていてほっこりした気持ちになった。
そんな二匹を撫でてやりながらノヴァ王子がため息を吐く。
「でも、これからどうしよう。ミミとトトの世話。まさか頼んでいた世話役が誘拐犯になるとは思っていなかったし、今回のことを思えば、他の奴にも任せにくいな……」
「本当の意味で信頼できる者が見つかるまでは、できる限り自分で面倒を見るしかないだろうね」
アステール様の言葉にノヴァ王子は頷いた。
「そうですね。特に心配なのは学園に行っている間なんですけど……本当にどうしようかな」
「学園に行っている間は、ケージに入れて、部屋には鍵を掛けておく、くらいしかないだろうね。部屋の前に護衛兵を置いて、自分が留守の時は絶対に誰も部屋に入れないように命令しておく、くらいかな。互いを見張らせる意味合いで、護衛兵もふたり以上にした方がいいと思うよ」
「……」
「護衛を部屋の前に置くのが嫌だというお前の気持ちは分かるよ。だから、留守の時だけ使えばどうかな。お前が留守の時は、護衛兵に来てもらう。子猫たちの安全のために」
安全のため、という言葉にノヴァ王子が反応した。
「……分かりました。留守の時はそうすることにします。あいつらの安全には変えられないし」
「その方が良いよ。普段の世話に関しては、私も手伝うようにするから」
「え、兄上が?」
驚いたようにノヴァ王子がアステール様を見た。アステール様は優しく笑っている。
「私もリュカで少しは慣れているからね。邪魔にはならないと思うよ」
「も、もちろん兄上が邪魔になるなんて思っていませんが……良いんですか?」
「構わないよ。元々引き取り手がいなければ、私が引き取っても良いかなと考えていたくらいだし」
「オレも可能な限り協力します。必要な時はいつでも呼んで下さい」
アステール様に追随したのはシリウス先輩だった。
「トトが誘拐されたという話、他人事には思えません。城は出入りする人数が多く、誰を信じればいいのか分からないというノヴァ殿下のお気持ちは分かりますし、オレで良ければ,できる限り協力しますので」
「……シリウスは今でも十分色々やってくれているだろ。でも、そう言ってくれて嬉しい。ありがとな」
はにかんだように笑い、ノヴァ王子がシリウス先輩にお礼を言った。
後れを取ったなと思いつつも、私も口を開く。
「私も、協力します。リュカがいることで二匹が落ち着くならいつでも連れてきますし、もし数日留守にする、なんてことがあるのなら預かります」
一時保護していたよしみだ。数日くらいなら、一番ネックとなる弟も文句を言ったりはしないだろう。
そう思い告げると、「助かるよ」とノヴァ王子は笑った。
「預かって貰えるというのは、本当に助かる。ありがとう、姉上」
「いいえ、私にできるのはこれくらいですから」
自分にできることを言ったまでだ。
アステール様にシリウス先輩、そして私。
十分とは言えないかもしれないけど、それでもこれだけの人数が協力すればなんとかなるだろう。そんな風に思える。
ノヴァ王子も安堵したようだった。
「……正直、これからどうしようと思っていたから、皆が協力してくれるのは本当に有り難い。こいつらの世話を任せられると思える使用人が見つかるまで、すまないけど宜しく頼むな。オレもできる限りのことはするから」
子猫たちを守ろうとするノヴァ王子の言葉に頷く。
一時はどうなることかと思ったけど、丸く収まって良かった。
元気そうなミミとトト。そしていつも通りの笑顔を見せ始めたノア王子。
彼らを見て、心からそう思った。
猫モフ3巻が7/4に発売します!
加筆修正と、更に書き下ろしが100頁以上。ボリュームたっぷりでお届けします。どうぞよろしくお願いします。




