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8


「……えっ……」


 小さく呟かれた言葉を聞き、ノヴァ王子が大きく目を見開いた。そのまま己の兄を凝視する。


「あ、兄上……い、今、なんて……」

「トトを見つけたと言った。とにかく事情を説明しろ、ノヴァ。お前にも事情があるのかもしれないが、いつまでも隠し通せると思うな」

「……」


 厳しく睨まれたノヴァ王子が、わなわなと震える。そうして今度は私を見た。


「あ、姉、上……本当に? 本当に、トトが……?」

「はい、連れてきています。ですからその……事情を話して下さい。私たちも何が何やら分からないのです」

「……入って下さい」


 しばらく悩んだ様子だったノヴァ王子だったが、心を定めたのか、私たちを室内へと招いた。

 中へと入る。室内は荒らされた形跡があった。

 絨毯はめくりあがり、カーテンもボロボロだ。ほとんど何も置いていない綺麗な部屋だったのに、山賊が荒らしたかと思うような有様だった。


「……酷い」

「これは、ミミとトトが抵抗した痕なんだと思います」


 扉を閉め、小さくノヴァ王子が呟く。

 部屋の隅に置かれたケージの二階では、ミミが一匹で鳴いていた。当たり前だけれど、トトはいない。

 兄弟を呼ぶ声に、アステール様の持っていたキャリーケースの中でトトが鳴く。

 アステール様はキャリーケースをぐちゃぐちゃに乱れた絨毯の上に置き、扉を開けた。中からトトが飛び出してくる。


「にゃあ!」


 飛び出してきたトトを見たミミが、二階から飛び降りてきた。二匹はケージ越しに鼻を押しつけ合っている。再会を喜んでいるのは明らかだった。


「トト……本当にトトだ……良かった……」


 扉を開けてやってもいいか。そう聞こうとノヴァ王子を振り返ると、彼は涙を流して立ち尽くしていた。

 小さく嗚咽を零し、安堵したように泣いている。


「良かった……トト、良かった、本当に……」


 ぐすりと鼻を啜り、ノヴァ王子が笑う。二匹の側に近づき、自らの手でケージを開けた。

 中からミミが飛び出し、トトにしがみ付く。トトも嬉しそうにしていた。その二匹をノヴァ王子が抱きしめる。


「温かい……良かった……トト……無事で……本当に……良かった……」


 二匹を抱きしめ、ぐすぐすと泣き続けるノヴァ王子の様子を見て、アステール様に目配せする。アステール様も頷いた。


「……そうだね。少し待ってやろう。いいかな、スピカ」

「はい、もちろんです」


 どう見ても、再会を喜ぶ家族の光景だ。これを邪魔するような野暮はしたくなかったし、居なくなったリュカを見つけ、ホッとした時のことを覚えているので、心ゆくまで猫たちの存在を感じさせてあげたかった。

 リュカを見れば、彼はすっかりいつもの様子で足で耳を掻いている。自分の役目は終わったと言わんばかりだ。

 二匹を抱きしめたノヴァ王子はその存在を確かめるように彼らに頬ずりしたり、話し掛けたりしていたが、しばらくして、私たちがいることを思い出したらしい。

 ハッとした様子で二匹を下ろすと涙を拭い、決まり悪そうな顔をした。


「その……みっともないところを見せてしまってすみません」

「構わないよ。お前がちゃんと二匹を大切に思っていることが伝わってきたからね。トトが無事で良かった」


 アステール様が柔らかい口調でノヴァ王子に答える。ノヴァ王子は頷き、立ち上がると、私たちに向かって頭を下げた。


「トトを助けてくれて、ありがとうございます。兄上、姉上。もう、トトとは会えないんじゃないかと思っていたからオレ……」


 涙の痕が残る顔で頭を下げられ、慌てて首を横に振った。アステール様もノヴァ王子に言う。


「私たちがトトを見つけたのは偶然だよ。リュカが見つけてくれたんだ。多分、匂いと声を覚えていたんだろう」

「そう、なんですか。リュカ……姉上の猫が……」


 くわっと大きな口を開けて欠伸をしているリュカをノヴァ王子が見つめる。

 リュカはマイペースで、先ほどまでの鬼気迫る様子はどこにもなかった。

 アステール様が慎重に切り出す。


「それで――ノヴァ。説明してくれるね? 一体、何があったのか。お前の尋常ならざる様子。あの侍従が手紙を持ってきてからお前の様子はおかしかったように思うのだけれど」

「兄上……それは……いえ、分かりました」


 少し悩んだ様子を見せたノヴァ王子だったが、やがて決断したように頷いた。

 ポケットの中からくしゃくしゃになった手紙を取り出す。それは侍従が持ってきた例の手紙だった。


「ご覧下さい」

「……良いのか?」

「はい。トトも戻って来ましたし、オレが従う理由はなくなりましたから」

「……分かった」


 慎重な手つきでアステール様が手紙を受け取る。

 その中身を確認し、私を呼んだ。


「スピカ」

「はい」

「君も読んでみるといい」

「……良いんですか?」


 ノヴァ王子が嫌がるのではと思ったが、その当人が首を横に振った。


「トトを助けてくれた姉上に隠すようなことはないよ。読んでくれて構わない」

「……分かりました」


 本人の許しもあるのならと、アステール様から手紙を受け取る。そこにはこう書かれてあった。


「――親愛なるノヴァ殿下へ。あなたの大切な家族を一匹預かりました。返して欲しければ、以下に記した場所と時間におひとりでいらしてください。一応警告しておきますが、妙な動きをしたり、このことを誰かに伝えたりすれば、あなたの家族は二度と家に戻ることはないでしょう。では、お待ち致しております……何、これ」


 どう見ても誘拐犯からの手紙だ。しかも最悪な脅し文句付きの。

 ノヴァ王子を見ると、彼は小さく頷いた。



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