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◇◇◇


「スピカ、遅くなってごめん」


 ティーダ先生がソラリスを追いかけていってから少し経って、アステール様が疲れた顔をしてやってきた。

 大分お疲れのようだ。貴族の人数は意外と多い。プレゼントを受け取るだけでも大変だろう。

 プレゼントをひとりひとりから受け取るというのは、こういう機会でもないと、貴族全員と話すなんて難しいから。

 短い言葉であろうと、直接言葉を交わすのは大切なのだ。

 あと、直接手渡しするので、プレゼントに手を抜けないというのもある。

 下手なものを贈れば印象は悪くなること間違いないし、皆、王族の誕生日パーティーは必死でプレゼントを用意してくるのだ。

 少しでも己の印象を上げられるよう。

 それはたとえ王子であっても同じ。いや、近い将来国王となるであろうアステール様に、少しでも良い顔をしたい人たちは、それこそ宝石の山でもプレゼントしたい心地だろう。

 将来の国王に自分を覚えて欲しいというのは、当然のことだ。


「あと、一回あるんでしたっけ」


 全三回、プレゼントを渡す会があるんだったなと思い出しながら言う。アステール様は首を横に振った。


「あと少しだって聞いたから、一気に終わらせてきた。だから一応これで私の義務は終わりかな」

「そうなんですか。お疲れ様です」


 疲れているのは気の毒だが、もう終わったというのは良かったと思う。

 疲れを労うと、彼は「ありがとう」と笑ってくれた。何故か表情を消し、私を見つめる。


「アステール様?」

「ねえ、さっきまでティーダ先生といたよね?」

「え、あ、はい」


 見られていたのかと思いつつも、別に否定することでもないと肯定する。

 アステール様は不機嫌そうな顔で私を見ていた。


「偶然、君とティーダ先生が話しているところが見えたよ。ふたりは仲良さそうに話していて、私としては気が気でなかったのだけれど」

「え……」

「私を嫉妬させて、悪い子だね、スピカ」

「えええええ!?」


 真面目なトーンで言われたが、私としてはあり得ないと叫びたいところだ。

 思わず真顔で首を横に振った。


「仲良さそうとかないです。大体、アステール様は分かっていますよね。ティーダ先生が誰を見ているのか。どう見たってソラリスのことが好きじゃないですか。さっきのはどちらかというと、ソラリスと仲の良い私に嫉妬されていたって感じですよ……」

「……」


 じーっと私の目を覗き込んで来るアステール様。その瞳が真偽を確かめようとしていることに気づき、大人しくその目を見つめ返した。

 私に後ろ暗いところはないという気持ちで見つめると、アステール様は気持ちを落ち着かせるかのようにはあっと息を吐いた。そうして困ったような顔で笑う。


「ごめん。君が浮気したとかは思っていないんだよ。ただ、男とふたりで一緒にいたのが気に入らなかっただけ」

「それに関してはソラリスに文句を言って下さい。私はソラリスに協力するよう言われて、ティーダ先生の相手をしていただけですから」

「うん? どういうこと?」


 首を傾げるアステール様に、ソラリスとのやり取りを簡単に説明する。

 ティーダ先生の気持ちを知ったソラリスが、なんとか彼から逃げようとしていること、その協力をして欲しいと頼まれたことを伝えると、アステール様は納得したように頷いた。


「なるほどね。フィネー嬢はティーダ先生はお気に召さないのか」

「そうみたいです。私はソラリスの友達ですし、何より彼女には色々相談に乗って貰っている恩がありますので、できれば協力してあげたいなと思っていて」

「それで、さっき見た光景に繋がったんだね?」

「はい。上手く追い払っておいてくれって言われたんですけど、いきなりでは上手くいかなくて。一応、ソラリスが向かった方とは逆に行ったと告げておきました」


 嘘は良くないが、友人を助けるためなら仕方ない。

 そういう思いで告げると、アステール様も頷いた。


「うん、十分じゃないかな。スピカはよくやったと思うよ」

「そう、ですか……それならよかったですけど」


 ホッと息を吐く。少しでも友人の助けになれているのなら嬉しかった。

 アステール様が私の手を握る。


「えっ……」

「そろそろこの話は止めにして、庭にでも出ない? せっかく自由時間になったんだ。君とふたりきりになりたいんだよ」


 じっと見つめられ、甘い声で囁かれる。私は耳まで赤くしながら頷いた。


「あ、あの……ぜひ」


 アステール様の時間が空くのを待っていたのは私も同じなのだ。

 プレゼントだって渡したいし、ふたりきりで甘い時間を過ごしたい。

 だって私たちは婚約者であり恋人、なのだから。

 私の返事を聞いたアステール様が嬉しそうに私の手を引く。アステール様の温かい手の感触にドキドキした。

 庭に出ていく私たちを誰も止めはしない。

 いくら主役でも少しくらい婚約者とふたりきりになりたいのだろうと気を利かせてくれているのだ。

 時間はそろそろ夕方に差し掛かるかというところ。

 開放されている庭はまだまだ明るく、明かりを必要としない。私たちは手を繋いだまま、庭の奥の方へ歩いて行った。

 奥には広場があり、噴水やベンチがある。幸いにもそこには誰もいなくて、文字通りふたりきりだった。


「よかった。誰もいなくて」


 アステール様が広場を見て、ホッとしたように言う。ふたり並んでベンチに座った。

 兎にも角にも、まずはプレゼントを渡さなければ。

 そう思った私は、スカートのポケットに入れていた包みを取り出した。

 中身がハンカチだからこそできる芸当だ。


「アステール様、その……お誕生日おめでとうございます。まずはこれ……いつものハンカチなんですけど」

「ありがとう、いただくよ」


 紫色のリボンが掛かった包みをアステール様は丁寧に受け取ってくれた。

 これで終わりではないので、何か言われる前に口を開く。


「あ、あの……ですね。プレゼント、というかその……贈り物はこれだけではなくて……」

「?」


 不思議そうにこちらを見てくるアステール様。そんな彼に私は言った。


「ええと、せっかく恋人になったんですから、いつもと一緒じゃ嫌だなって思いまして……でも、良い案なんて思いつかなくて……」

「スピカ? 無理してくれなくて良いんだよ? 君が刺繍をしてくれたハンカチは嬉しいし、そう言ってくれるだけで嬉しいんだから」


 アステール様は笑ってくれたが、私は首を横に振った。そうして己の想いを伝える。


「わ、私が嫌なんです」

「スピカ……」

「だから、その、これがプレゼントと言えるのかは分からないのですけど……アステール様」


 真っ直ぐにアステール様を見る。顔が真っ赤になっている自覚はあった。

 アステール様が優しく頷く。


「……うん」


 その表情に勇気を貰った気がした。すうっと息を吐き、言おうと思っていた言葉を吐き出す。


「私と、デートしませんか!」


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