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第十五章 誕生日パーティーの裏側で


「じゃあ、またあとで」

「はい、お待ちしています」


 国王と挨拶を済ませたあと、私たちは手を振って別れた。

 アステール様はプレゼント受け取りの続きに。私は、ソラリスのところに戻るために。

 先ほどまでソラリスたちがいたところに行くと、そこにはティーダ先生が新たに加わっていた。

 どうやらソラリスはティーダ先生に絡まれているようで、辟易とした顔をしている。その顔が私を見て輝いた。


「スピカ! 戻って来たのね!」

「え、ええ……」

「良かった。もう、こいつ鬱陶しくて! ちょっと向こうでふたりきりで話しましょ」

「え、ええ?」


 ソラリスがグイグイと私の腕を引っ張る。ふたりきりという言葉にティーダ先生が分かりやすく反応した。


「ソラリス? 今日のエスコート役である私を置いてどこにいくつもりなんです?」

「別にどこでも良いでしょ。女同士の話に首を突っ込むなんて格好悪いからね」

「っ! わ、私はあなたを心配して」

「別に頼んでないし」


 ふいっとそっぽを向き、再びソラリスは私の手を引っ張った。

 どうやら彼女はティーダ先生から離れたいようだ。それを察し、頷いた。


「良いわ。少し向こうで話しましょう。ティーダ先生、失礼しますね」

「っ!」


 悔しそうに、だけどさすがにそれ以上邪魔することはできなかったのか、ティーダ先生は不承不承ではあるが頷いた。

 ティーダ先生に話が聞こえない距離まで来て、周囲に誰も関係者がいないことを確認してからソラリスに聞く。


「大丈夫? ティーダ先生と何かあったの?」

「別に何もないわよ。ただ……その、ね。前にスピカが言っていたような展開になりそうだなって気づいただけ」

「ああ、ようやくティーダ先生がソラリスのことが好きって分かったの?」

「言葉にしないでくれる!?」


 カッと目を見開くソラリスが怖い。

 私はコクコクと頷いた。


「ご、ごめんなさい」

「別に謝らなくても良いわよ。見誤ってたのは私なわけだし……」

「ソラリス……」


 はあとため息を吐くソラリスは本当に嫌そうだった。

 私はふたりはお似合いではと思うのだけれど、こういうことは本人の気持ちが伴っていなければならないもの。ソラリスが本気で嫌なら、友人として彼女に協力したいと思う。


「その……ソラリス、元気出して。私、協力するから。ティーダ先生に捕まりたくないんでしょ? できることは限られているけどそれでも――」

「本当!? 本当に協力してくれる!?」


 労るように告げると、ギュッと両手を握られた。その強さに驚きつつも頷く。


「え、ええ。もちろん。私も色々と手伝ってもらったもの」


 アステール様のこともそうだし、弟についてもソラリスにはかなり世話になっている。

 その恩を少しでも返せるのならという気持ちは強かった。


「嬉しい……! ありがとう、スピカ」


 私の言葉にソラリスがホッとしたように笑う。

 その様子を見て、どうやら相当思い詰めていたのだなと気がついてしまった。

 本当にソラリスにとってはティーダ先生の好意は重荷でしかないのだ。

 私にできることがそうあるとは思えないけど、できることはしてあげようと思った。


「スピカが協力してくれるのなら百人力よ。そうね、とりあえずは今かしら。私、逃げるから上手くグウェインを追い返しておいてくれない?」

「え?」

「だってグウェインがこっちに来たもの」


 ソラリスが見ている方向を見ると、確かに痺れを切らした様子のティーダ先生がこちらに来るのが見えた。


「じゃあ、早速宜しく」

「え、え、え、え?」


 いきなりすぎて驚く私を余所に、ソラリスは慌てた様子で逃げ出していく。

 その様子を呆然と見送った。


「逃げたくなる気持ちは分からないでもないけど……」

「……ソラリスはどこに行きましたか」

「っ」


 やれやれと彼女の後ろ姿が消えたことを確認していると、ティーダ先生がムスッとした顔で私のところにやってきた。

 早い。

 逃げられたことは分かっているのか、悔しそうな態度だ。

 本当にこの人は、ソラリスのことになると表情を簡単に崩すなと思った。きっとそれだけソラリスのことが好きなのだろうけど、私は友人の味方なので応援はしてあげられない。


「ソラリスなら少し外の空気が吸いたいと言っていましたけど」

「……外の空気、ですか。分かりました、ありがとうございます」


 彼女が向かった方とは正反対の方角を伝える。

 私にできるのは、ティーダ先生に見つかる時間を少し遅らせてあげることくらいだ。

 ムスッとしながらもソラリスを追いかけようとする先生。そんな先生に声を掛けた。


「ティーダ先生」

「……なんですか。私は忙しいのですが」


 ソラリス以外には冷たいという評判通りの厳しい視線が私を貫く。

 普通なら怖いと思うそれを私は平然と受け止めた。

 彼が苛ついているのはソラリスが自分から離れたからだと分かっているからだ。


「あまり、強引なことはしないであげて下さいね。私は彼女の友人ですから、味方をするのなら彼女の味方をしますので」


 じっとこちらを見てくるティーダ先生に告げる。彼は一瞬呆気にとられたような顔をして、やがて、ふっと馬鹿にしたように笑った。


「誰に言っているのだか。私はソラリスの幼馴染みですよ。彼女のことなら誰よりもよく知っています。もちろん、見極めだって完璧だ」

「だと、良いですけどね」


 恋は盲目という言葉が脳裏を過る。

 今のティーダ先生は、文字通り恋に踊らされているように見えるからだ。

 好きな人をどうにか自分に振り向かせようと足掻いて、空回っている。そんな風に思う。

 でも、と思う。

 少し前まで、ティーダ先生はもう少し余裕があったように見えたのだけれど。

 今の彼には焦りのようなものを感じる。

 もしかして、ティーダ先生側に何か事情があるのかもしれない。

 ソラリスを急いで捕まえなければならない事情が。

 だから必死になっているのだと言われれば、分かるような気がした。

 それが何かは分からないけれど、そのせいで、今までティーダ先生の想いに気づかなかったソラリスが気がついてしまった。

 そういうことなのかなと思う。

 捕まるつもりのないソラリスと絶対に彼女を捕まえたいティーダ先生。

 勝敗がどちらに傾くのか今の私には分からないけれど。

 私の友人はソラリスなので、彼女が満足する結末になればいいなと思った。



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