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◇◇◇
「ごめん。待たせたかな」
「いいえ、大丈夫です」
アステール様が私の側に戻ってきたのは、一時間ほど経ってからだった。
ちなみに全員がプレゼントを渡し終えたわけではない。ずっとというのはアステール様の負担が大きいということで、全三回に分けて行われるのだ。
次の回は一時間後。侯爵位までは渡し終えたので、伯爵位からということになる。
「次が始まるまでの間、君と一緒にいても構わないかな。終わりまで……となると何時間待たせるかも分からないから、休憩時間だけでも側にいたいんだ」
「もちろんです。私も、嬉しいですから」
「うん」
正直に己の気持ちを告げると、アステール様は嬉しそうに頷いた。
父に断りを入れる。
「プラリエ公爵。スピカを借りていってもいいかな?」
「ご随意に。娘も嬉しそうですから、私たちのことはお気になさらず」
「ありがとう。スピカ、良かったら一曲踊らない?」
「はい、喜んで」
誘ってもらえたのが嬉しい。
アステール様の休憩時間に合わせて、ちょうど広間ではダンスが始まっていたのだ。
宮廷楽団の奏でる音色は軽やかで、妙齢の男女が楽しげに踊っているのが見える。
「あまり、君とダンスをする機会もないからね」
「そうですね。確かに」
考えてみれば、それこそ年に一度の誕生日パーティーくらいでしかアステール様とは踊らない。ダンスが必要な夜会に出席する機会がないからと言えばそれまでだが、思いのほか少なかった。
「私としては、もっと君と踊りたいって思うんだけどね」
「私もです。でもきっとこれからは増えますよ。だって……私たち、結婚するんでしょう?」
恥ずかしいと思いつつも上目遣いで告げると、アステール様はびっくりしたように私を見た。
「う、うん。それはもちろんだけど……びっくりした。まさかスピカがそんなことを言ってくれるとは思わなかったよ」
「わ、私だってアステール様との先を楽しみにしているんです。それくらい言ったって良いじゃないですか。……それとも駄目、でしたか?」
恋人という関係性になったし、彼から改めて結婚については打診されている。だから思い切って言ってみたのだが、駄目だっただろうか。
急に不安が押し寄せて来る。だが、アステール様はすぐにそれを振り払ってくれた。
私の手を握り、勇気づけるように言う。
「駄目なはずないじゃないか。嬉しいよ。君が、私との未来を考えてくれるのはいつだって嬉しい」
「……良かった、です」
安堵の息を滲ませる。アステール様がじっと私を見つめてきた。その瞳はゆらゆらと揺れており、吸い込まれそうな心地になる。
「スピカ……」
「アステール様……」
じっと互いを見つめていると、父がごほん、とわざとらしい咳払いをした。
「ダンスをするのならどうぞ行って下さい。さすがに親の目の前でイチャつかれるのは……その……何と言って良いのか困りますので」
「ああ、ごめんね。つい」
「ッ!?」
アステール様は冷静だったが、両親に見られていたと気づいた私はボンッと音が出そうな勢いで真っ赤になった。
そうだ、そうだった。
ここは大広間で、両親どころか色々な人の目があるのだ。
うっとりとアステール様に見入っていた己が恥ずかしい。
慌てて握られた手を振りほどこうとするも、アステール様は離してくれない。ますます動揺する私に、彼は笑顔で言った。
「ほら、行くよ。ちょうどワルツだ。スピカはワルツが得意だったよね?」
「は、はい……」
楽しげに誘われてしまえば、恥ずかしいなどと言っていられない。
アステール様と一緒にダンスホールに行き、人々に混じって踊る。ダンスをしている時間はとても楽しいものだった。
ただ踊っているだけだというのに、今までと全然違う。
いつもよりアステール様がキラキラして見えるし、手や身体が触れるたびにドキドキして、緊張して仕方ないのだ。だけどそれ以上に楽しくて、時間が止まったかのように感じた。
ずっと踊っていたい。そんな風に思うも、終わりの時はやってくる。
曲が終わる。
互いにお辞儀をし、余韻を噛みしめる。もっと踊っていたかったなと思ったが、拍手が湧き起こり、思ったよりも多くの人々に見られていたことに気がついた。
今日の主役が婚約者と踊っているのだ。注目されない方がおかしい。
「見られることには慣れているけど、さすがに少し気恥ずかしいね」
「はい……」
いつの間にか、ダンスホールで踊っている数も減っていて、皆が遠慮してくれたことにも気づいた。
「もう一曲、と言いたいところだけど、皆の邪魔をするのも本意ではないし……スピカ、ダンスはこれくらいにしようか。またいつでも機会はあるわけだし」
「そうですね」
その方がいいだろう。私たちがいなくなれば、また皆が自由にダンスをすることができる。
残念だけど、仕方ない。
同意するとアステール様は私の腰を抱き、ダンスをしている場所から連れ出した。
小声で私に言う。
「向こうにノヴァとシリウスがいるのが見えたよ。あと、君の友人のフィネー嬢も。行ってみる?」
「えっ、ソラリスが? 行きたいです」
どうやらダンスをしている時に、皆を見つけていたらしい。
今日、皆が出席しているのは知っていたので、会えればいいなと思っていたのだ。
皆がいたのは、広間の隅。大きな柱がある側だった。三人集まって、楽しげに話している。私たちがやってきたことに真っ先に気づいたのは、夜会服に身を包んだシリウス先輩だった。
「アステール殿下」
「やあ、楽しんでくれてる?」
さっと姿勢を正したシリウス先輩は「はい」と頷き、祝いの言葉を述べた。
「殿下、本日は、おめでとうございます」
「ありがとう。この年になると少し恥ずかしい気もするけどね」
シリウス先輩に続き、ノヴァ王子やソラリスも言った。
「兄上、おめでとうございます」
「アステール殿下、おめでとうございます」
「ありがとう、ふたりとも」
笑顔で祝われ、アステール様は照れくさそうだった。知り合いに祝って貰うのはまた違うのだろう。その気持ちはなんとなく分かる。




