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◇◇◇


 ノヴァ王子の部屋を後にした私とアステール様は、一足先に誕生日パーティーが行われる会場へと向かった。

 会場では国王とアステール様の挨拶があり、そのあと、アステール様にプレゼントを渡すという一大イベントがある。

 嫌な話だけれど、爵位順に、アステール様にプレゼントを渡していくのだ。

 婚約者である私は別枠。

 当事者であるアステール様の望みで、ふたりきりで渡すことが特別に許されている。

 今年もそうしていいと言われているので、タイミングを見計らって渡そうと思っていた。


「ごめんね。少しいってくるよ」

「行ってらっしゃいませ、アステール様」


 会場に着くと、アステール様は名残惜しげに私に言った。

 誕生日プレゼントを全員から受け取るまで、多少の休憩はあっても完全に自由になれないのは知っている。頷くと、彼は少し不満そうに言った。


「ねえ、スピカ。君から、まだ誕生日おめでとうって言われてないんだけど」

「え」

「真っ先にいってくれるのかなと楽しみにしていたんだけどな。それとも私が期待しすぎていただけ?」

「い、いえそんなつもりでは……」


 少し拗ねたように言われ、慌てて否定した。

 本当は、アステール様に会った時に「おめでとうございます」といおうと思っていたのだ。

 だけどアステール様が迎えにきていたことに驚いて、いおうと思っていたことが飛んでいた。

 途中で気がついたものの、今更感は強かったし、それならふたりきりになってプレゼントを渡す時に言えばいいかと思ったのだ。

 特別感もあるし、良いのではないだろうか、と。

 だけど、それはあくまでも私の考えだ。アステール様の期待を裏切ってしまったことは申し訳なく思った。


「その……あとでプレゼントを渡した時にお祝いを言わせてもらおうと思っていたのですけど……。いえ、これは言い訳にしかなりませんね。申し訳ありません、アステール様。お祝いが遅れてごめんなさい。改めて言わせて下さい。お誕生日おめでとうございます。あなたが生まれてきた今日の日に感謝を」

「ありがとう。良かった。祝ってもらえないかと思ったよ」

「そんなわけありません!」

「うん。分かってる。きっとスピカなりに何かあるんだろうなということも分かってはいたんだよ。私はただ楽しみに待っていればいいんだろうともね。でも、私はスピカから祝ってもらえることだけを楽しみにしていたんだ。だから大人しく待ってあげられなかったんだよ。我慢が効かなくてごめんね?」

「そんな……」


 アステール様は何も悪くない。悪いのは、特別感があると勝手に思い込み、「おめでとう」の言葉をケチった私なのだ。

 お祝いの言葉なんてそれこそ何度でも言えば良いのに、それを惜しんだ私の罪は深い。

 深く反省した私はアステール様に宣言した。


「分かりました。私、今日はたくさんおめでとうを言います」

「え?」

「アステール様を悲しませた分を少しでも取り戻すために」

「えーと、そこまでしてくれなくて良いんだよ?」

「いいえ」


 きっぱりと告げ、アステール様に言った。


「私はあなたの婚約者なのですから、誰よりもたくさん『おめでとう』を言わなければいけなかったんです」


 本心からの言葉だったが、アステール様にはあまり響かなかったようだ。困ったような顔をしている。


「……気持ちは嬉しいけど、それはちょっと暴走しすぎかな」

「え? そうですか?」

「うん。今、祝ってもらえたのだから十分。それにあとでプレゼントと一緒にお祝いしてくれるんでしょう?」

「それは……はい」

「それならあとはそれを楽しみに待ってるよ。大丈夫。今度はちゃんと我慢するから」

「……はい」


 アステール様がそう言うのならと頷いた。

 せっかく良い案を思いついたと思ったのに。


「残念です」

「君のその気持ちだけで十分過ぎるほどだよ。うーん、スピカに祝ってもらえたことだし、もう退散したいくらいだな」

「そ、それは駄目です」


 主役が消えてどうするというのか。皆、アステール様のために集まっているというのに。

 アステール様もそれは分かっているようで苦笑している。


「やっぱりそうだよね。でも実際のところ、皆に祝って貰うのは嬉しくないとは言わないけど、結構面倒なことも多いから、逃げられるものなら逃げたいんだよ」

「……アステール様」

「冗談。いや、冗談でもないか。だって、誕生日プレゼントを貰うのに合計何時間かかると思っているの。その間、スピカと一緒には居られないんだよ。……そうだ。ねえ、スピカ。私がプレゼントを貰う間、ずっと私の隣に居てくれないかな。そうしたら、やる気だって出ると思うんだ」

「無理です」


 アステール様が望むのなら隣にいるくらい構わないが、その場所が問題だ。

 何せアステール様は国王たちと一緒にいて、プレゼントを受けとるのだ。そんなところに私が混ざる?

 婚約者とはいえ、さすがにそれは越権行為というか……王族でもない人間がしゃしゃり出るのは見苦しいと思う。


「私はちゃんとアステール様がお役目を終えるのを待っていますから。その……そうしたら、一緒に庭に行きましょう? そこでアステール様をお祝いしたいなって思います」

「っ! 分かった。頑張ってくるよ」


 少々気恥ずかしいと思いつつも告げると、アステール様は笑顔になり頷いた。

 どうやら喜んでくれたようで何よりだ。

 元気が出てきたというアステール様とその場で別れ、会場内を見回す。

 今日のパーティーはお城の一階にある大広間を開放して行われている。

 大広間には二階席があって、そこでは宮廷楽団が心地良い音楽を奏でていた。

 会場内は八割ほどが人で埋まっていて、招待されたほぼ全員が集まっているものと思われた。


「……」


 キョロキョロと辺りを見回し、両親がどこにいるのか探す。幸いにもすぐに二人は見つかった。その側へ行く。


「お父様、お母様」

「スピカ、探したよ。おや、アステール殿下はどちらに?」

「挨拶があるということで、陛下の元へ参られました」

「そうか」


 答えを返し、上座を見る。そこは二段ほど高くなっていて、玉座が置かれていた。通常ならそこは国王の場所なのだけれど、今日はアステール様が座ることになる。

 本日の主役は彼だからだ。

 その近くには笑顔の国王がいて、息子であるアステール様と合流したのであろうノヴァ王子と話していた。


「これより、アステール・ディオン第一王子の生誕祭を執り行います!」


 予定時刻になったところで、式典服に身を包んだ兵士たちが高らかに告げた。

 ざわざわとしていた大広間が静まり返る。

 式典は予定通り粛々と執り行われた。

 まずは国王が、祝福の言葉を贈り、そのあとにアステール様が今日を迎えるにあたっての言葉を告げる。

 堂々と皆の前で話をするアステール様はさすが第一王子と感心するものだった。

 アステール様の挨拶のあとは、爵位順にプレゼントを渡すことになる。

 名前が読み上げられるので、呼ばれた者から順にアステール様のもとへ行く。

 玉座に座り、ひとりひとりから祝いの言葉と贈り物をもらうアステール様を眺める。

 優しいだけではない、どこか威厳に満ちた表情に、彼が近い未来、王位を継ぐのだと自然と感じた。


 ――アステール様、素敵。


 ぼうっと彼を見ていると、アステール様に贈りものを終えた父が励ますように言った。


「近い将来、お前はあの方の隣に立つことになるのだからね。今の内から、よく見て学んでおきなさい。きっと役に立つから」

「はい」


 父の言葉に返事をする。

 確かに父の言うとおりだ。アステール様と結婚すれば、私は王子妃、いや、王太子妃となる。その時、恥ずかしい振る舞いをしなくて済むように、しっかり学んでおかなければ。

 ぼんやり見惚れていた己が恥ずかしい。

 恋をして、その恋が実って、浮かれていたのだ。それはある程度は仕方のないことだけれど、己が将来立つ立場を考えれば、浮かれているばかりではいけない。

 気持ちを引き締め直し、アステール様を観察する。私にもできることがあるのなら積極的に取り入れようという気持ちだった。

 じーっと見つめる。あまりにも熱心に見つめていたからだろうか。

 私の視線に気づいたアステール様が、こちらを向き、にこりと笑った。


 ――あああああああああ!!


 間違いなく私に向けられた笑みが甘すぎて、その場に頽れそうになった。

 しかも笑ったあとに、小さく手を振ってくれたのだ。そんなサービスをされると思っていなかったので、心臓はダイレクトにダメージを受けた。


「う、うううう……」

「おやおや、本当にアステール殿下はスピカのことがお好きだね。有り難いことだ」


 父が楽しげに笑う。私はそれに無言で頷き、おそらくは真っ赤になっているであろう頬を両手で押さえた。



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