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「このケージは先週ノヴァがシリウスと一緒に買ってきたんだよ。来客が来た時とか、一時的に避難させたい時に使えるんじゃないかって」
「ケージって良い印象がなかったんだけど、二匹とも気に入ってくれたみたいで、最近はよくここで昼寝してる」
「そうなんですか……」
「基本は扉を開けっぱなしにして、自由に出入りさせているんだ。シリウスに聞いたんだけど、猫にケージは悪くない……というかあると便利なものだし、猫たちにとってもそんなに嫌というわけではないみたいなんだ。ほら、猫って狭いところを好む性質があるだろう?」
「確かにそう……ですね」
ケージの存在に驚きはしたが、ノヴァ王子の言葉には納得だった。
確かに急な来客、もしくは掃除の時なんか、ケージがあれば便利かもしれない。
脱走を気にせず窓を開け、空気の入れ換えをすることだって容易になるし、私も導入を考えてみてもいいかもと思った。
アステール様が持っていたキャリーケースを置き、ノヴァ王子の許可を得て扉を開ける。
この間とは違い、飛び出してきたリュカはケージを見て目を丸くした。
「なー(何これ!)」
見たことのないケージが物珍しいようだ。その中に知り合いの猫たちがいることに気づいたリュカはしきりにケージを鼻でつついていた。そんな姿も可愛い。
「ミミ、トト、リュカが来てくれたぞ」
眠っていた二匹にノヴァ王子が声を掛ける。ケージの扉を開け、自由に出入りできるようにすると、リュカが中に入っていった。
「なーん(ねえねえ! 僕が来たよ)」
どうやら自分が来たことを二匹にアピールしているようだ。
熟睡していたらしい二匹はそれで目が覚めたのか、驚いた様子で一階から自分たちを見上げているリュカを見た。
「なあ」
まずはミミが起き上がり、しゅたっという音を立てて一階に降りてきた。
嬉しそうにリュカに鼻先を押しつけている。
リュカもご機嫌で、ミミの身体の毛繕いをしてあげていた。
尊い光景に、拝みたい気持ちになる。
「可愛い……」
どうしてここにカメラがないのか。
もしここにカメラがあれば、エンドレスでシャッターを切り続けるのに。
この尊すぎる光景を収めておけないことが残念でしかたなかった。
「にゃ」
続いてリュカに気づいたトトが目を覚まし、下に降りてきた。
トトも嬉しげにリュカに纏わり付く。
二匹の嬉しげな様子を見て、ノヴァ王子はホッとした顔をした。
「良かった。この感じだと大人しく留守番もしてくれるかな」
「多分、大丈夫だと思います」
私が三匹の子猫を預かっていた時も、リュカはよく子猫たちを見てくれていた。
意外と面倒見がいいのだ。
年も近いし気が合うのかもしれない。
「じゃあ、二匹はリュカに任せるとして……あ、一応、使用人には定期的に様子を見に来るように言ってあるから。おやつも与えるようにって命じてある」
「そうですか。その使用人とは、以前殿下がおっしゃっていた方ですか?」
昔に猫を飼っていたという使用人の話は覚えている。
そのことを口にすると、ノヴァ王子は頷いた。
「うん。トトリって男なんだけど、結構親身になってあいつらのことを見てくれるんだ。ちょっとトトと名前が似てるなって思ってたりする」
「本当ですね」
トトリとトト。確かにと頷いていると、時計を確認していたアステール様が言った。
「話をするのも良いけど、そろそろ行かないとまずい。ノヴァ、特にお前は着替えもまだだろう」
「あっ……そうだった」
思い出したように言い、ノヴァ王子は私たちを見た。
「オレ、着替えてこないと。義姉上、時間を取らせて悪かった。また会場で会おう。あと、リュカのことだけど、帰りに声を掛けてくれればいいから」
「分かりました」
衣装部屋は別にあるのだろう。ノヴァ王子は慌ただしく扉に向かった。それでも猫たちに声を掛けることは忘れない。
「ミミ、トト、ちょっとオレ出掛けてくるけど、ちゃんと帰ってくるから。リュカと一緒に留守番してくれよ」
「……」
残念ながら二匹から返事はない。
二匹はリュカに構ってもらうことに夢中だったからだ。その様子を眩しく見つめたノヴァ王子はしみじみと言った。
「いや、本当、猫って可愛いよな……最近、何をしてても可愛いって思うようになってきて……うん、あいつらのためなら何でもしてやりたいって思うよ」
「分かります」
少し前のノヴァ王子の口からは決して出なかっただろう言葉を聞き、だけど同意しかなかったので頷く。
分かる。
私もリュカのためになるのなら何でもしてあげたいと思うから、握手でも求めたい心地だ。
「できることはなんでもしてあげたいですし、長生きして欲しいですよね」
「それな」
真顔で頷くノヴァ王子。
すっかり彼も猫好きになったなと思いながら、あの二匹はいい飼い主を得られてよかったなと思った。




