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「ありがとう、カミーユ」
珍しく見送りに来てくれた弟のカミーユに礼を言う。
仲直りしてからカミーユとは、以前と同じように話すようになっていた。一緒に食事をしたり、チェスをして遊んだり。
弟を悲しませるのは私も本意ではないのだ。
リュカのことだけにならないよう気をつけている。
そのカミーユは私がキャリーケースを持っているのを見ると、少しだけ眉を寄せて言った。
「そいつ……連れて行くの? パーティーなのに?」
「ノヴァ殿下にお願いされたの。ほら、この前までうちで預かっていた子猫がいたでしょう? その子猫たち、殿下に引き取られたのだけど、パーティーで留守にしている間、落ち着かないんじゃないかって、心配なさって。子猫たちと仲の良いリュカを連れてきて欲しいって頼まれたのよ」
「ふうん……ま、別に良いけど」
興味をなくしたように視線を外すカミーユ。これでもずいぶんとリュカに対する態度はマシになったのだ。
少なくとも、リュカという存在を許容してくれているのだから。
時間は掛かるかもしれないけれど、カミーユもリュカという存在を受け入れていってくれているのなら、これほど嬉しいことはない。
両親と一緒の馬車に乗り、城を目指す。
城に続く大きな道を走っていると、どんどん別の馬車が集まってくる。
アステール様を祝うパーティーに出席する貴族たちの馬車だ。パーティーが始まる時間に合わせて集まってくるので、城に着く頃にはかなりの行列ができていたが、うちの馬車がその列に並ぶことはなかった。
公爵家という高い身分、なおかつ第一王子の婚約者を輩出した家ということから、別の場所からの入場が許されている。
渋滞を起こしている馬車たちを尻目に、用意された特別な入り口へ向かう。
そこには衛兵が立っていて、通行可能な馬車どうかをチェックしていた。
「プラリエ公爵様……。はい、どうぞお通り下さい」
名簿をチェックし、衛兵が通行を許可する。馬車は門を潜り、城の中へと入っていった。
指定された場所に馬車を停める。両親に続いてタラップを降りると、そこにはアステール様が待っていた。
「アステール様!」
「や、スピカ。待っていたよ」
にこやかに告げるアステール様だが、本日の主役がこんなところにいるとか誰が思うものか。
両親もギョッとしていたし、周囲にいる人々も困惑した様子を隠しきれないようだった。
「ア、アステール様、どうしてここに? 色々とご準備があるのでは?」
「まあそうなんだけどね。スピカが来るなら迎えに行こうかと思って。それに、ほら、リュカをノヴァのところに連れて行くんでしょう?」
「え、あ、はい……」
さっと手からリュカが入ったキャリーケースが奪われる。あまりの早業に反応できなかった。
「アステール様?」
「いくら弟といっても、君が他の男とふたりきりになるのは嫌なんだ。さ、時間もないことだし、行こう? プラリエ公爵、スピカは借りていくね」
「は、はい」
アステール様に声を掛けられた父は、困惑しつつも頷いた。
父の了承をもぎ取ったアステール様がにこりと笑う。
「ありがとう。助かるよ。スピカはあとで私が会場に連れて行くから心配しなくていい」
「分かりました」
「スピカ、おいで」
「……はい」
父がOKを出したのなら、断る理由はない。
私は大人しくアステール様についていった。
今日のアステール様の装いは、いつもにも増して麗しく、後ろ姿ですら見惚れてしまう有様だった。
まさにパーティーの主役というに相応しい。最上の生地で作られた光沢ある黒いジャケットがよく似合っていた。
柔らかな金髪も、今日はいつもよりも艶を増しているように思える。
――アステール様、素敵。
背筋をピンと伸ばした彼にこっそり見惚れながら歩いていると、ふいにアステール様が振り返った。
「ねえ」
「っ! は、はい!」
もしかして視線に気づかれたのだろうか。後ろ姿に見惚れていたなんて恥ずかしくて知られたくない。
だが、幸いにもアステール様は私の視線に気づいたわけではないようだ。彼は私の着ているドレスを見て目を細める。
「今日のドレス、すごく綺麗だね。裾の流れる感じが美しいし、何よりスピカによく似合ってる。当然、私のために着てくれたんだよね?」
「あ、ありがとうございます……」
ドレスを褒めてくれたのだと気づき、頬が赤くなった。
アステール様は真面目な方で、今までだって私がきちんとした装いをすれば必ず褒めてくれたけれど、今日はこれまでになく嬉しい気持ちになった。
それは何故か。
婚約者へのリップサービスではないと今の私は知っているからである。
アステール様は本心から褒めてくれている。それが分かるから恥ずかしいし、嬉しいと思えるのだ。
「アステール様も素敵ですよ」
「ありがとう。スピカに褒めてもらえると自信がつくな。……さて、ノヴァの部屋に着いた。ノヴァ!」
前回も訪れたノヴァ王子の部屋に辿り着く。アステール様がノックをし、名前を呼ぶと、しばらくして扉が開いた。
今回は、数センチの隙間ではない。扉が全開になったことに驚いたが、ノヴァ王子は笑って言った。
「よく来てくれた。助かったよ」
「い、いえ……それは構わないのですけど、ミミとトトは? こんなに扉を開けて大丈夫なのですか?」
「ああ、今は一時的にケージに入れているから」
その言葉を聞いて安心した。
ノヴァ王子に招かれて、部屋の中に入る。前回よりも更にすっきりした部屋の隅には大きめのケージがあった。
三階建てのケージは広く、ミミとトトの二匹が入っても余裕そうだ。
一段目には猫用トイレがあり、少し離れた場所に水皿が置いてあった。
二段目には猫用のベッドがあり、その中に二匹がくっついて眠っているのが見えた。
「可愛い~」
仲が良いのが一目で分かる様子に口元が緩む。
アステール様がそのケージに近づいて行った。




